大前研一メソッド 2022年6月7日

習近平が止める中国の“成長のエンジン”

decline in economic growth

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

中国が過渡期を迎えています。中国国家統計局の2022年4月18日の発表によると、2022年第1四半期(1〜3月)の実質GDP成長率は前年同期比4.8%に鈍化しました。経済成長の鈍化だけでなく、あらゆる意味で中国は一つの時代が終わりそうだとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

原因の一つは、習近平(シー・ジンピン)がプーチン化してきたことです。習近平は2期10年の任期制限を撤廃し、2023年以降も国家主席を続ける予定です。任期制限を設けたトウ小平(トン・シャオピン)が生きていれば怒ったことでしょう。

習近平が独裁を続けることにより生じている弊害を3つに分けて解説します。

弊害1:トウ小平が描いた「中国全土で発展するモデル」が終焉

中国共産党のエリートは、市長などを経験した行政官出身者が多い。厳しい競争を勝ち抜いて党の幹部になったのだ。地方の市長は、3年連続で経済成長率をクリアするなどの成果を出すと省長に昇格すると言われている。省長としても業績をあげれば、次は共産党中央委員になって北京へ行く。

厳しいルールの下で成果を出す彼らは、日本の市長とは比べ物にならないほど優秀だ。自分で経済成長をプランニングできる。中央政府からおカネがこないから、自分で外資を呼び込むのだ。広告宣伝部長のような役割を果たす。

例えば、2000年代、大連の市長が日本に現地の経済関係者を300人ほど連れてきたことがあった。日本企業の経営者を集め、「大連に進出してください」と投資を呼びかける。総合商社などが手を挙げ、現地の工業開発に参加した。

アフターケアもしっかりしていた。年に数回、進出企業の関係者を集め、市長が「何かご不満はありませんか」と尋ねた。困っていることを訴えると、市長はその場で問題解決する。他の国は進出後にほっぽり放しが多いから、日本企業の担当者は中国の優秀な市長のいるところに投資する、というパターンが多くなった。

各都市が外資を呼び込み、産業振興に邁進するのは、トウ小平が1978年に改革開放政策をスタートしてからだ。各都市で競い合って、優秀な行政官が育つ。トウ小平の功績は莫大だ。私も大連をソフトウエアの中心地にする仕事がCCTV(中国中央テレビ)で放映されたあとには、10を超える市長たちから企業誘致のアドバイザーになってくれ、と依頼が殺到した。

改革開放は深セン(シェンチェン)、珠海(チューハイ)、汕頭(スワトウ)、厦門(アモイ)で始まって、上海、大連、天津、寧波(ニンポー)などに広がった。日本の経済発展が中央集権の“単発エンジン”で飛ぶのに対して、中国は各都市がエンジンになる。人口100万規模の都市が100前後あるから、100個のエンジンで飛ぶようなものだ。改革開放が成功した最大の理由はそこにある。

しかし近年、トウ小平のモデルは崩れてきた。100の市長がイコールチャンスで競い合うのでなく、「もう勝負はついた」という印象が、ここ5年ほどで顕著になった。

発展した都市の代表は深センを中心とした大湾区、上海、京津冀だ。

深センは人口30万人ほどの漁村だったのが、いまでは1700万人を超えている。1人当たりGDPは北京、上海を抜いて中国一になった。かつては“香港の裏庭”だったが、いまは香港のほうが枯れてしまった印象だ。

上海には米国留学から帰ってきた「海亀族」が豊富にいて、ユニコーン企業が生まれやすい。復旦(フーダン)大学、上海交通大学などの優れた大学もある。

北京市、天津市、河北省を合わせた京津冀(ケイシンキ)地域も大繁栄した。“中国のシリコンバレー”と呼ばれる中関村が、清華大学や北京大学を中核とした校弁企業(大学発ベンチャー企業)がユニコーンなどに成長する中心地となっている。

いまはトウ小平が描いた中国全土で発展するモデルでなく、いくつかのメガリージョン(大都市域)に集約されてきた。

同時に、米国がトランプ大統領のときから経済制裁を加えたことで、米国企業が昔ほど中国の内部に進出しなくなった。米国はじめ外国からの投資を呼び込み、各都市が経済成長を続けるモデルは難しい。米国のトランプ前大領領も原因の一部ではあるが、他方で習近平が壊してきたことも大きい。

弊害2:アリババやテンセントなど、ビジネスの成功を否定

習近平は生来、自分の言うことを聞かない相手を嫌う。金持ちも嫌いだ。金持ちはいつでも高飛びできるし、海外逃亡した連中は、必ず習近平の悪口を言ってまわる(と考えている)。英語ができる人間も、世界中で悪口を言ってまわるから嫌いだ。

2021年「共同富裕」と言い出して、裕福な個人や大手企業に寄付などで富を社会に還元しろと促したのも、アリババ、テンセント、滴滴出行(ディディチューシン)などからカネを巻き上げるイカサマの仕掛けと見ていい。正式な税制で富裕層の納税額を増やすと、自分たち太子党にも影響が出るからだ。国家繁栄の財源を確保する発想ではないし、アリババ、テンセント、滴滴出行などが元気を失いかねない。

弊害3:台湾への干渉

トウ小平が実証した“繁栄の方程式”はすでに消えかけている表れは、もう一つある。台湾への干渉だ。

現在の中国にとって、外資として資金と技術を持ち込んでくれる台湾企業は重要だ。中国で活発な企業は、ほとんど台湾系だからだ。半導体のTSMC、食品の頂新(ティンシン)や味全(ウェイチュアン)ほか、鉄鋼、セメント、造船などでも台湾系の大手企業が目立つ。中国の産業エンジンは、台湾系が中核だといっていい。一般の中国企業にも職長などの要職には台湾出身者が多く就いている。

もし台湾有事で台湾企業・出身者の活動がストップすれば、中国の産業はほとんど機能停止に陥る。

しかし、現在のプーチン化しつつある習近平は、中国経済にとって台湾系企業が不可欠であることがわかってないのだろう。自分の偉大な中国が米国を抜き、経済や軍事で世界最大になることばかり考えている。太子党のエリート社会で育ち、盟友で国家副主席の王岐山(ワン・チーシャン)を使って競争相手を粛清してきたから、現在の自分が何に立脚しているか、わからなくなったのだろう。

もし習近平が台湾に軍事侵攻し、米国と喧嘩したら中国はもたない。

いまの習近平は、ビジネスの成功や英語を使っての海外進出や学習塾での勉強を否定し、自分の間尺に合う国家をつくろうとしている。自分の地位の安定が第一で、経済成長は彼の頭にないのだろう。いま起きているのは、経済成長の鈍化ではなく、中国の自爆(implosion)だ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年6月17日号 『大前研一ライブ』 2022年6月5日放送 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。