大前研一メソッド 2023年5月23日

「投資銀行病」に侵されたクレディ・スイス

Credit Suisse

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2023年3月に米国と欧州で立て続けに銀行が破綻しましたが、米銀とクレディ・スイスとでは破綻した原因が異なります。前号では米銀破綻の原因についてBBT大学院・大前研一学長に解説してもらいました。

【資料】米国の銀行連続破綻は、世界金融危機に発展するか

今号ではクレディ・スイスの破綻について、大前学長に解説してもらいます。

クレディ・スイスの破綻は、投資銀行業務を取り込んだことが原因

クレディ・スイスの破綻は様相が異なる。クレディ・スイスは新興銀行と対極にある名門中の名門だ。顧客の守秘義務を徹底しており、スイスは永世中立国だから戦争に巻き込まれるリスクも低い。そうした特徴から、資産を「増やすこと」より「守ること」を重視する富裕層に人気が高かった。

「高かった」と過去形で書いたのは、富裕層から嫌われて他の銀行に資産が流れたことが破綻の原因だからだ。2022年、同行の顧客預金は1596億スイスフラン(約22兆6632億円)減少した。これは総資産の約2割にあたる額だ。

なぜ富裕層が逃げ出したのか。その経緯は、1930年代の世界恐慌までさかのぼって説明したほうがわかりやすい。米国は世界恐慌で「銀行に証券業務をやらせてはいけない」という教訓を得た。そこで1933年のグラス・スティーガル法で銀行と証券会社を分離。日本も追従し、1948年の改正証券取引法65条で銀証分離を定めた。

一方、世界には銀行と証券を両方行うユニバーサル・バンクが許されている国がある。代表的な国はドイツとスイスだ。ただ、クレディ・スイスは安全な長期運用が売りである。リスクが高い投資銀行業務には手を出していなかった。

しかし、変化がない仕事に飽きてきたのだろう。1988年に米国の投資銀行、ファーストボストンを買収し、投資銀行業務を取り込んでしまった。

投資銀行からきた人材はディールオリエンテッドの成功報酬システムで、1つの案件で数十億円稼ぐハンターだ。リスクは大きいが、大儲けの種になるディールをハンターがひねり出す。ディールのリスクは会社と顧客に負わせる。ハンター自身は撃ち損じても、損失の責任は取らずに他の会社へ転じる。

そうしたタイプの人材を、慎重に慎重を期す経営陣は管理できない。動物にたとえると、ライオンを同じ檻に入れて羊が管理するようなもの。しょせん無理な話であり、クレディ・スイスの内部統制はガタガタになった。

日本では、三菱UFJフィナンシャルグループがリーマンショックで破綻寸前だったモルガン・スタンレーに出資して救済している。ただ、クレディ・スイスとは違って、買収して傘下に入れたわけではない。今では稼ぎ頭になっているが、内側に取り込んでいたらどうなっていたのかわからない。

管理ができなくなったクレディ・スイスでは、不祥事が相次いだ。「不祥事の原因は企業体質が変わったことにある」と気づいた富裕層が、預金を移し始めて今回の破綻につながった。

スイス政府は、初期消火には成功

気になるのは、今回の破綻が世界的な金融危機につながるのかどうかだ。リーマンショックが世界規模の危機になったのは、サブプライム住宅ローンが原因だったからだ。サブプライム住宅ローンは、プライムより下、つまり返済の見込みが薄い人たちに貸し出すローン。投資銀行はそれを小口債権化してプライムローンに交ぜて証券化した。外国産牛肉を合い挽きにして国産ブランド牛だと偽って高値で売り出すようなものである。これを世界の多くの金融機関が商品に組み込んでいたため一気にリーマンショックが伝播した。

今回のクレディ・スイス破綻に、リーマンショックのときのように連鎖する要素は少ない。あくまでもクレディ・スイス個別の問題である。

ただ、過去の金融危機は、市場が冷静さを欠いたことから起きたものも多い。世界を代表する名門銀行が吹っ飛んだのだから、預金者が不安になって取り付け騒ぎに発展するリスクはあった。古いタイプの金融危機である。

それを防いだのはスイス政府だ。時間をかければ、クレディ・スイスの買収に手を挙げる金融機関はあっただろう。たとえば中国の国策銀行が色気を持っていたとしてもおかしくない。しかし、政府は電撃でUBSに買収させた。一日遅れて2020年3月20日月曜日の朝になれば、アジア市場が開くからである。

政府はUBSが買収しやすいように、UBSに一定額の損失が出た場合に90億スイスフラン(約1兆2780億円)の保証を約束し、最大1000億スイスフラン(約14兆2000億円)の流動性支援融資を行うと表明した。危機のときは思い切りやったほうが市場の動揺を抑えられる。今後、世界金融危機が起きる可能性はゼロではないが、ひとまずはスイス政府のファインプレーだ。

ただし、今も火種は残っている。政府は今回の買収合意に合わせて、クレディ・スイスが発行していた「AT1債」を完全に償却すると発表した。「完全に償却」とは無価値になるということ。AT1債を持っていた富裕層は大損害だ。「石橋をたたいて渡らない」といわれる三菱UFJも投資銀行業務を三菱UFJモルガン・スタンレー証券で行っているが、そこが大量のAT1債を日本の富裕層に販売して被害が広がっていることが明るみに出た。

普通の社債に比べてリスクが高いAT1債を購入した富裕層の自業自得という見方もできるが、問題は本来真っ先に損失を被るべき株主の保護が優先されたことだろう。クレディ・スイス最大の株主はサウジ・ナショナル銀行。オイルマネーに屈した形だ。

今後、AT1債の保有者からは訴訟を起こされるだろう。また、スイス国民も手厚すぎる保証を一夜にして決めた政府に黙ってはいまい。結局、巨大銀行の破綻によって、誰かが割りを食うのだが、その全貌はこれからの展開にかかっている。事と次第によっては他に波及する恐れがある。

モルガン・グレンフェルという英国の投資銀行を買収したドイツ銀行がクレディ・スイスと同じ体質になっている。ドイツ銀行に波及しないか、その巨大さゆえに皆が息を潜めて見守っている。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年5月19日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。