大前研一メソッド 2021年10月4日

デジタル庁が進める「地方自治体の基幹業務等システムの統一・標準化」に疑問


デジタル庁は「地方公共団体の基幹業務等システムの統一・標準化に関する関係府省会議」を2021年9月に開催しました。12省庁・47都道府県・1718市町村がそれぞれバラバラにシステムを開発しています。どうやら、現在運用しているシステムのまま改修を進める方向のようです。

富士通、日立、IBM、NTTデータのシステムが共存するためにシステム障害を繰り返したみずほフィナンシャルグループの教訓が生かされていません。既存システムの改修を繰り返し、泥沼にどんどんはまるだけでしょう。BBT大学院・大前研一学長が解説します。

大前研一(BB大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

自分の役割を正しく認識していない、デジタル庁トップ

2021年9月1日にデジタル庁が発足した。注目を集めていたデジタル庁トップ「デジタル監」には、これまで何人か候補者の名前が噂されていたが、結局、一橋大学名誉教授(経営学)の石倉洋子氏が就任した。

発足式で石倉氏は「(私は)デジタルの専門家でもエンジニアでもない」「Python(プログラミング言語)にもチャレンジしたが、今のところ挫折している状況」と発言し、話題になった。

デジタル庁のトップがデジタルについて理解していないのも問題だが、それ以上に問題なのは、自分の役割を正しく認識していないことだ。

日本のデジタル政策を構想することがデジタル庁の役割であるはずが、自身のプログラミング学習歴の話(しかも中学生でもできるレベルで挫折)をしていて、「デジタルで日本をどう変革するか」という肝心な構想の話がない。幹部人事で迷走したデジタル庁が日本を変えることは無理だろう。

作りたいシステムを構想し、それをスペック(仕様)に書き出せる人材が不在

デジタル庁トップに日本人では適任者がいないように、実は企業もIT人材が不足している。日本のIT人材不足には、根深い問題があるのだ。

日本には全国各地にプログラミングの専門学校があれば、大学の工学部にもプログラミング教育を前面に出しているところもある。しかし哀しいことに、そういったプログラミング学校を卒業しても、米中印のスーパースターのような構想力を持ったエンジニアになれず、日本独自の年功序列制度の末端に入ることになる。

日本のIT教育の問題点は、作りたいシステムを構想し、それをスペック(仕様)に書き出すということを教えていないことだ。作りたいシステムがないままに、プログラミングのルールばかりを勉強する。だから、人に言われたことをプログラミング(コーディング)するだけの人材しか育たず、「ITエンジニア哀史」の物語が生まれることになるのだ。このような人材は、世界では到底評価されない。

既存システムの改修を繰り返し、泥沼にどんどんはまる

会社の中に“情シス”などと呼ばれるシステム部門はあっても、彼らの仕事はベンダー選びにすぎない。ITコンサルタントやベンダーの社員を自社に呼んできて「ここで机を並べて働けば、うちの業務や管理の仕組みが理解できる。常駐しながらわが社に最適のシステムを提案してくれ」とベンダーに頼るのだ。発注側には、はじめから自分たちで必要なシステムを企画するつもりがない。

この仕様書作成の期間に半年、1年とかかることもある。システムの規模によっては、30人単位の派遣になるから、日本のITベンダーはいわば“ヒト入れ業”だ。人海戦術でシステムが構築されていくのだ。

それでシステムができたと思っても、発注側はシステムを評価する力もないから、そのまま運用を始めてしまう。実際に使い始めると営業などの現場から次々と改善要望のクレームが集まる。それを情シスはリストアップして、ベンダーに対して「お金はたくさん払っているから直してくれ」と、追加料金なしで修正事項をぶん投げるのだ。ベンダー側も、不満はあってもお客様に対してNOとは言えないから、“サービス残業”をして徹夜で修正作業に取り掛かるのだ。

こうしてカスタマイズを重ねていくと、その会社独自のシステムができあがる。開発したベンダー以外では、もう改修ができないほどに作り込まれるのだ。運用し始めたが最後、途中で「このベンダーはやめて別のベンダーに乗り換えよう」と思っても、社内常駐からやり直しで多額のコストがまた必要だ。そのため不満だらけのシステムを使い続けなければならず、泥沼化していくのだ。

この最たる例が、日本の行政なのである。12省庁・47都道府県・1718市町村がそれぞれバラバラにシステムを開発しており、どれも開発ベンダー以外は改修できないくらいに作り込まれてしまっている。行政のシステムやデータベースは一つでいいので、この問題にデジタル庁は取り組む必要があるのだ。

しかし、IT企業の社長と頻繁に会食しているだけの自称「IT通」デジタル大臣と、デジタルの専門家でないデジタル監は、使い勝手が悪い「マイナンバー制度」を改修することしか頭にない。日本政府も、日本企業と同じように自治体別、省庁別に泥沼にはまっているのだ。なお、デジタル庁が作るべき国民データベースについては28年前も前に執筆した拙著『新・大前研一レポート』に詳述済みである。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年10月15日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。