大前研一メソッド 2022年12月6日

United Kingdomが分解されて“England Alone”になる?

England alone united kingdom

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

英国国家統計局は2022年10月の消費者物価指数が去年の同じ月と比べて11.1%上昇したと発表しました。およそ40年ぶりの高水準で、9月の10.1%からさらにインフレが進んだ形です。

【資料】Consumer price inflation, UK: October 2022(英国国家統計局)

深刻な物価高を受けて英国では各地でデモが相次いでいるほか、公共サービスのストライキにより市民生活が混乱しています。ブレグジットという新たな英国病を同国が患っている、とBBT大学院・大前研一学長は解説します。

英国のインフレの元凶はブレグジット

英国のリシ・スナク新首相の前途は多難である。現在、英国が直面している最大の課題はインフレだ。日本は物価上昇率が3%を超えて大騒ぎになっているが、英国はすでに11%を超えている。エネルギー価格に至っては3割以上の上昇だ。

スナク首相はこの危機を財政政策で乗り越えようとしている。しかし、それでは解決できない。英国のインフレは構造的な問題から発生しているからだ。

元凶はブレグジットだ。EUに加盟していた当時は、野菜や果物などは大陸の最適地で生産されたおいしいものが、その日のうちにドーバー海峡を渡って届けられた。価格は大陸の平均値である。しかし、EUから離脱すると通関手続きが必要になる。スーパーは品薄で、並んでいる野菜は質が劣る国産品か、高い物流コストをかけて輸入し日落ちしたものばかり。インフレになるのは当然だ。

大陸から入ってこないのはモノばかりではない。EUメンバー時代は、東ヨーロッパから多くの人材——単純労働者から医師や会計士といったプロフェッショナルな職業人まで——が仕事を求めて英国にやってきた。英国の主要言語は英語であり、フランスやドイツに比べて言語の壁が低かったからだ。しかし、この人の流れもブレグジットで止まり、人手不足から英国国内の人件費が高騰している。

EUへ再加盟するほかに抜本的解決策はない

英国のインフレは世界的なエネルギー価格の高騰が原因だ、という指摘がある。しかし、その説では英国のインフレ率がEU諸国より突出している理由を説明できない。英国は北海油田を有しており、エネルギー自給率は約7割と高い。ロシアからの天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」が爆破されて困惑しているドイツは約3?4割、フランスは約5割だから、EU諸国よりむしろ国際的な価格高騰の影響は小さいはずだ。

英国のインフレは、世界的なエネルギー価格高騰が主な原因ではない。事実、北海油田を英国と二分しているノルウェーのインフレ率が5%を下回っているので、「英国では石油会社への監視が足りない」、という仮説も成り立つ。これもスナクの政策課題だ。

英国のインフレ問題を解決するには、EUへのリエントリー(再加盟)という抜本的治療しかない。しかし、スナク首相が今回のインフレに対して本質的な洞察ができているのかどうかは疑問である。スナク首相はゴールドマン・サックスやヘッジファンドの出身で、お金儲けには聡い。おそらく得意の金融、そして財政の枠組みでしかインフレ対策を考えていないだろう。

少なくとも就任前後、スナク首相がブレグジットの影響やEUへのリエントリーについて発言したことはない。

仮に頭の片隅にあったとしても、現在の英国でリエントリー政策を打ち出すのは困難だろう。ブレグジットは国論を二分する論争となった。2016年の国民投票で決した後もEUとの交渉で揉め、2年前に完了したばかり。国民には“ブレグジット疲れ”があり、正しい選択だったのかを検証することすらはばかられる空気がある。「EU復帰が救国の道」だと気づいた政治家がいたとしても、当面は口をつぐんでいるだろう。

スコットランドは2023年10月に独立を問う国民投票

しかし、ブレグジット疲れが癒えるのを待っていていいものか。英国はスコットランド独立という火種が燻り続けている。

スコットランドは2014年に独立を問う住民投票を行った。反対多数で独立は否決されたが、スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン第一首相はあきらめておらず、2回目の住民投票を2023年10月に実施する構えだ。

スナク首相は党首選時に住民投票に否定的な考えを示していたが、ジョンソン元首相ほど頑なではないかもしれない。もし住民投票が行われたら、次は賛成が上回る可能性が高い。

スコットランドが首尾よく独立を果たしたらどうなるのか。実は前回の住民投票で独立派が負けたのは、ブレグジット前であることが一因だった。スタージョン首相は独立後にEUに加盟を申請するつもりだったが、当時まだEUメンバーだった英国が反対すれば承認されない。EUに加盟できなければ独立しても国家運営が立ち行かなくなり、それを恐れた人が反対に回ったのだ。

しかし、現在イギリスはEUを離脱してしまって拒否権はない。スコットランドとしては独立してEUに加盟申請するチャンスである。

スコットランド、ウェールズ、北アイルランドが独立へ?

とはいえ、スコットランドにとって独立は必ずしも薔薇色ではない。独立すれば相当複雑なインフラ整備が必要となるからだ。

産業革命の中心地だったスコットランドは、第二次産業の縮小とともに貧しい地域に転落した。EUからの補助金を頼りにしたいが、EUは加盟国に財政赤字をGDP比で3%以内に、公的債務残高を60%以内に抑えるという財政規律を課している。

可能性があるのは金融業だろう。世界の金融センターといえばこれまではニューヨークとロンドンだったが、近年はIRで米国ならボストン、英国ならエジンバラに行く企業が増えてきた。21世紀型ファイナンシャルセンターとしてのポジションを活かして稼ぐことができればおもしろい。

スコットランドの国家運営がうまくいくかどうかは未知数だが、いずれにしてもスコットランドが独立したら、被征服者の意識が強いウェールズも独立に動くと思う。ウェールズには日本企業の工場が多く、進出企業は動向に注意する必要がある。独立したら、やはりEU入りを目指すだろう。

北アイルランドは、独立したらすぐにアイルランド共和国への編入を望むだろう。北アイルランドは英国が国教徒を入植させて支配下に置いた地域だ。しかし、最近の統計ではアイルランド系のカトリック教徒が過半数を超えている。アイルランド共和国と一緒になれば国教徒はおもしろくないが、今や血を見る争いに発展することはないだろう。アイルランド共和国はEU加盟国なので、北アイルランドに関しては申請しなくてもEU入りが決定的だ。

スコットランド独立を契機に雪崩を打つように他の2国も離脱して、United Kingdomは“England Alone”になるだろう。スナク首相にこの未来が予見できていれば、先手を打ってEU再加盟を狙うはずだ。いまのところその兆候はないことが気がかりである。

※この記事は、『プレジデント』2022年12月16日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。