大前研一メソッド 2022年10月4日

米国追従の外交は危険。日本独自の考えで世界の国々との関係を築け

National flags

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

岸田文雄首相は、2022年9月27日に開催した安倍晋三元首相の国葬について「弔問外交」を実施理由に挙げました。岸田首相にとって、外交は“自分のウリ”だと思っているようです。

現在の日本は“外交の軸”を失っていて、漂流状態です。軸がない最大の理由は、いまだに米国の目線で世界を見ていることだとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。現在の米国は、もはや「世界のリーダー」とは言えない状況になっています。外交面で米国を追従するのは危険ですらあると言えます。

日本では憲法9条で「戦争の放棄」をしていますが、2015年に安倍政権が強行採決して成立した安保法制(安全保障関連法)で、集団的自衛権が定められました。日本が直接武力攻撃を受けずとも、米国が戦争を始めたら、日本は米軍の統制下で戦う可能性があります。たとえば「台湾危機」が起きたら、日本は参戦する気なのでしょうか。

日本独自の軸が必要なのは、特に東アジアの近隣外交である。近隣といっても、北朝鮮は対話が不可能だから、まずは国境を接する中国、韓国、ロシアとの関係が重要となる。順番に見ていこう。

中国:日米貿易摩擦の教訓をシェアすべき

日本と中国の関係には2000年間の歴史がある。日本は遣隋使など、中国に人材を送って、中国の最新制度や文化を導入してきた。一方で、日本と米国はペリーが黒船で浦賀沖に来てから170年しか経っていない。

長い歴史を踏まえて、今の日中関係を見れば、異常さがわかる。「米中貿易戦争」では、中国を理解しない米国に追従し、トランプ前大統領に物申すことがなかった。1980年代に「日米貿易摩擦」を経験した日本が、米国と中国との関係づくりの橋渡しをする立場にあったと思う。Quadの中国包囲網などそもそも見当違いなのだ。

自民党で親中派の政治家といえば、72年に日中国交正常化を果たした田中派の流れを汲くむ二階俊博元幹事長がいる。しかし二階氏の関係づくりは、2015年の「3000人訪中団」のように基本的に“朝貢外交”で、現代では良いアプローチではない。

訪中したら侃々諤々(かんかんがくがく)と議論し、お互いの理解を深めないと、中国にとってもプラスにならない。米国に中国との良好な関係を促しながら、中国には日米貿易摩擦の教訓をシェアするといい。米国は対立すると徹底的に叩く悪いクセがあるとか、米国の怒りを鎮めながらこちらの言い分を意見するとか、現在の中国にドンピシャの貴重な経験があるのだ。

韓国:真摯に対話しようとする姿勢が日本に欠如している

次に韓国は、反日路線を進めた文在寅(ムンジェイン)政権に対して、日本は「両国間の問題はすべて解決済み。決めたことを守れ、蒸し返すな」と突っぱねてきた。

たしかに1965年の日韓請求権協定には、日本が5億ドルを経済協力することで財産・請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」と明記してある。

しかし韓国の人に言わせれば、「元慰安婦が生きているうちに謝ってほしい。韓国はもう貧しくないから、おカネではなく気持ちだ」と言うのだ。元徴用工問題にしても「三菱重工業などの資産を勝手に現金化するのはいけないことだとわかっている。でも、日本は話し合う態度を見せてほしい」と言いたいのだ。

韓国の人が感じるもどかしさは、日本の“対話力不足”からくる。話し合いを拒否して「蒸し返すな」と突っぱねる日本人の態度に不満なのだ。文在寅氏の責任も大きいが、彼が大統領の任期を終えた今、関係改善を検討してもいいのではないかと思う。

ロシア:北方四島の交渉や平和条約は頓挫

さて、ロシア問題も近隣外交の1つだ。私が知る限り、ロシア問題に最も詳しい政治家は森喜朗元首相だ。父の森茂喜氏は、長年「日ソ協会」の会長を務めて旧ソ連との交流を深めた政治家だった。親子二代のロシア通なのだ。

安倍元首相がプーチン大統領と27回も会談できたのも、同じ派閥の清和会の森氏のお膳立てがあったからだ。しかし安倍元首相が、プーチン大統領と会談するたびに北方四島の交渉は遠のいたし、日ロ平和条約の締結も失敗して、疎遠となっていった。

東南アジア:リーダー国としての日本の地位は、中国と韓国が奪い去った

1990年代初めまで日本がうまく関係を築けた東南アジア外交も、最近は成果を見ない。アジアは日本が先頭を飛ぶ「雁行(がんこう)モデル」で経済発展すると考えられていた。マレーシアのマハティール首相(当時)が81年に提唱した「ルックイースト政策」も、日本を見習って経済発展する構想だった。

しかし現在の東南アジア諸国に、雁行モデルやルックイーストを考えている人はいない。たとえば、インドネシアは、日本より韓国、中国を頼りにしている。ジョコ・ウィドド大統領は、ジャカルタから東カリマンタンへの首都移転計画で、現代自動車、サムソンなど韓国企業の誘致に積極的だし、中国も建設利権にあやかろうと熱心だ。

外交政策の経験と感覚を磨いた政治家や役人が不在

以上のように日本が外交の軸を失った原因の1つは、1996年に導入された小選挙区制だ。たとえば、横浜市は衆議院議員の選挙区が8つあり、横浜市長選の選挙区の8分の1と、非常に小さい区割りだ。だから、有権者は“おらが村”に、候補者が何をもたらすかに関心が高い。外交政策を訴えても、選挙の得票につながらないのだ。

私には、かつての中選挙区制でも狭いと感じる。外交、財政などの国家レベルの問題に取り組む政治家は、「道州制」構想レベルの大選挙区でないと出てこないだろう。

そもそも外国との関係づくりには、時間をかける必要がある。私はマハティール首相(当時)のアドバイザーを18年間務めたほか、中国、台湾、シンガポール、フィリピンでもアドバイザーを務めた。台湾や韓国にはマッキンゼーの事務所を開設し、200回以上は訪れている。

時間と労力をかけないと本当の情報は得られないし、現地に多くの友人がいないとその肌感覚はわからない。「米国追従は良くない、危険だ」ということがわかったとして、近隣外交に切り替えるにも、今の日本に、そういった経験と感覚を磨いた政治家や役人が乏しいことを嘆かざるをえない。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年10月14日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。