大前研一メソッド 2022年5月24日

米国利上げが引き金か?日本円暴落に備えよ

Japanese currency decreases

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米国の物価が上昇しています。

米国の物価上昇率の推移

FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は、物価上昇の原因はインフレであるとして、インフレを抑えようと2022年3月にゼロ金利政策をやめ、政策金利を0.25%に引き上げました。年内にあと複数回の利上げが予想されています。

これに対してBBT大学院・大前研一学長は、物価上昇のおもな原因は供給不足であって、利上げしても効果は薄いと言います。米国の物価の上昇が止まらずに米国が金利を引き上げ続けると米国経済のみならず、日本銀行そして結果的にわれわれ日本人の金融資産に甚大な悪影響があります。日本銀行や日本人の金融資産に対する悪影響について大前学長に解説してもらいます。

米国はゼロ金利政策を改め、金利引き上げ政策に転換

ウクライナ情勢などの影響を受けて、世界的に物価上昇が進んでいる。30年間の長期デフレに慣れた日本でも、ガソリンや食料品をはじめ物価が上昇し始めた。

例えば、2022年4月に発表された3月の米国の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比で8.5%上昇し、約40年ぶりという高水準が続いている。急激な物価上昇を抑えるため、これから米国は利上げを繰り返すことになる。

FRBのパウエル議長は、2022年3月にゼロ金利政策をやめ、政策金利を0.25%に引き上げた。2022年5月以降も、年内にあと複数回の利上げが予想されている。また、これまでの量的緩和政策が改められ、QT(量的引き締め)を実施することも注目を集めている。

米国が利上げすると、日本円の価値は暴落する?

欧米の中央銀行が超金融緩和から正常化へ舵を切る中、日本銀行の黒田東彦総裁は、アベノミクス(金融緩和)を続ける姿勢を見せている。その結果、金利が低い日本円は売られ、4月20日現在、1ドル=129円台に達した。2022年3月上旬は1ドル=115円程度だったから、かつてないほど急速に円安が進んでいる。

現在の円安やスタグフレーション(不況下の物価上昇)は、マスコミなどで「悪い円安」「悪いインフレ」と表現されている。しかし実態は、そんな優雅な呼び方ができるほど生易しくはない。

このままスタグフレーションが進めば、私が「インプロージョン(implosion)」と呼ぶ状況を迎えるはずだ。爆弾が外に向かって破裂するエクスプロージョン(explosion)に対して、インプロージョンは腹の中で爆発するイメージだ。日銀が腹いっぱいに抱え込んでいる約530兆円(2021年12月末残高)の国債が爆弾になる。

欧米の利上げ、QTが発表されると、日本も連動して国債は値下がりし、金利が上昇する。2022年3月と同年4月に長期金利の変動許容幅が、日銀が上限とする0.25%に達し、日銀は「連続指し値オペ」を発表した。指定した利回りで国債を無制限に買い入れるオペレーション(公開市場操作)のことで、金利上昇を懸念する日銀の緊急対応だ。

しかし欧米が利上げ、QTを進めていく中、日本がゼロ金利・マイナス金利政策、量的緩和を維持することは、将来「インプロージョン」の被害を大きくすることにつながる。

米国は1990年代以降、最終的な利上げが5〜6%に達したことが3回ある。今回、米国が利上げを数年間続ける中で、日本がマイナス金利・ゼロ金利を続けたら円の価値はさらに暴落する。ボーダレス経済では、自然現象といっていいほど当然のことだが、日銀やアベノミクスを推進する安倍晋三元首相、学者は「円安は日本経済にプラス」などとトンチンカンなことを言っている。

数年前にMMT(現代貨幣理論)が日本で持てはやされた。「自国通貨を発行できる政府は、インフレにならない限り、大量の国債を発行できる」と説明するもので、政府の債務(国の借金)はいくらでも増やせるから日本の財政は健全だという理屈だ。だが、このイカサマ理論でさえ「インフレ率が高くなりすぎない限り」という但し書きがある。デフレからインフレに転じ、ハイパーインフレが生じれば通貨の価値は大暴落する。インフレになった今は、MMTなど誰も話題にしなくなった。

日本人の資産が危うい

このまま日本経済が悪化の一途をたどると、個人の資産が危うくなる。

特に、今の高齢者は“貯蓄奨励世代”だから、おカネはあるのに資産運用に慣れていない。戦後の貧しい時代に額に汗して働き、「稼いだら貯蓄しなさい」と言われて銀行に預けた。銀行は安い金利でカネを集め、製造業を中心とする産業界に高い金利で融資した。この「傾斜配分」と言われる国策のせいで貯蓄の習慣が染みつき、日本人は世界に稀な資産運用を考えない国民になった。

個人金融資産が2000兆円を超える異常な日本だが、1000兆円以上が「現預金」だ。普通預金の金利が0.001%、定期預金の金利が0.002%なのに貯金するのはありえないことだ。米国株に投資していたら、S&P 500指数基準で単純計算すれば、直近30年で約10倍資産が増えている。

米国では家族の話題で株や投資の話が当たり前にされる。オーストラリアでは、毎日のように為替取引をする人が多い。米ドルが高くなりそうならば、個人の資産を豪ドルから米ドルに替えてしまうのだ。ドイツ人も似たところがあって、不動産も含めて常に自分の個人資産をチェックしてマネージしている。

これからの日本人は預金するのでなく、積極的な資産運用が必要だ。運用益がないところや利回りが低いところには大切な資産は置かない、という発想が重要になる。

このまま円安が進み、日本企業の低迷が続く状況では、海外の通貨や株式、あるいは不動産に分散投資することは当然、検討すべきだろう。自分の資産は自分で守る習慣を身につけるべきだ。目前に迫ったインプロージョンの危機に各自備えてもらいたい。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年6月3日号 『大前研一ライブ』 2022年5月22日放送を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。