大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
政府は、岸田文雄首相が掲げる「異次元の少子化対策」の具体案となる「たたき台」を2023年3月末に取りまとめます。児童手当の拡充を中心とした、従来の延長線上の解決策であり、根本的な解決策とはなっておりません。少子化問題は日本だけでなく、ほかの先進国も直面しており、既に一部解決もされています。「ほかの先進国の”ごくふつうの”少子化対策を勉強すべき」とBBT大学院・大前研一学長は唱えます。
少子化は先進国に特有の現象である。先進国では、1970年代から出生率が軒並み下がり始めている。一方、発展途上国はいまも出生率が高水準だ。これは少子化の背景に経済発展があることを示している。
発展途上国では子どもが働かないと家族が暮らしていけないという現実がある。1日の生活費1.90ドル以下を絶対的貧困ラインと呼ぶが、例えば、インドではそのラインを下回る人が1億7000万人いる。親は働く気があっても、まともな就職口がない。そこで子どもをたくさん産み、少しでも早く働かせようとする。つまり、子どもは家計を支える労働力なのだ。
経済発展して親の生活が豊かになると、子の役割が変わっていく。親は子どもに「自分より豊かになってほしい」と考えて教育投資を始める。かつては家族みんなで雑魚寝して、みかん箱で適当に勉強させていたが、子どもに個室と勉強机を与え、塾にも通わせる。子は親の生活を支える存在から、自身の将来のために親の金を使う“金食い虫”に変わったのだ。
子が投資対象になれば、産む人数を絞って1人当たりへの投資額を集中させたほうが有利である。かくして先進国で少子化が進んでいったわけだ。
少子化は先進国に共通する課題である。しかし、欧州には持ち直している国もある。たとえばフランスの合計特殊出生率(15~49歳の女性の年齢別出生率を合計したもの)は1.83、スウェーデンは1.66だ(ともに2020年)。一方、日本の合計特殊出生率は1.30(2021年)と低水準だ。日本の人口を維持するために必要な合計特殊出生率(人口置換水準)は2.07と言われているから、人口減少と超少子高齢社会化に歯止めはかからない。人口はそのまま国力につながるし、生産年齢人口が減少すれば国家が衰退することは言うまでもない。
同じ先進国なのに、出生率が回復している欧州諸国と日本は何が違うのか。
日本の出生率を考えるうえで避けて通れないのが未婚化だろう。30~34歳の未婚率は、1985年に男性28.2%、女性10.4%だったが、2015年は男性47.1%、女性34.6%と上昇(内閣府『令和3年版 少子化社会対策白書』)。一方、既婚者が子どもを持つ数は、現在もおおむね「2.0」前後で推移している。結婚すれば2人の子を持つが、そもそも結婚しない人が増えたために少子化が進んだ面がある。
未婚化が進んだ背景の1つは、男女間の経済格差の縮小である。女性は自分より年収が150万円程度多い男性との結婚を望む傾向にある。男女の収入格差が大きい時代は、その条件に当てはまる相手がいくらでもいたが、女性が稼ぐようになればなるほど、その女性より年収が高い男性の数は減っていく。女性から見れば「希望に沿う相手がいない」、男性から見れば「女性に相手にされない」状況になってしまった。
本来は夫婦のどちらが稼いでいようといいはずだ。しかし、日本では男性が上でなければ恰好がつかないという意識がいまだに根強い。
日本は女性が多く稼ぐと夫婦関係がうまくいかなくなる国だ。その意識を根本から変えないと、未婚化は改善しない。
ただし、未婚化が進んでも少子化が解決できないわけではない。実は、フランスやスウェーデンでは生まれてくる子のうち5~6割が婚外子(法的に婚姻関係にない男女から生まれた子)だ。一方、日本は婚外子の割合が約2%にすぎない。少子化に日本よりも悩む韓国も日本と同じような状況だ。欧州では未婚でも子を産んで育てられるが、日本はそれが難しく、妊娠しても堕胎してしまう。そこが出生率を回復・維持させた国々との決定的な差になっている。
日本はなぜ婚外子を産みづらいのか。シングルマザー(母子家庭)への支援が薄いことも問題だが、根本には婚外子への差別がある。では、なぜ婚外子は差別されるのか。さらに掘り下げると、父系社会の象徴である戸籍制度に突き当たる。
フランスやスウェーデン、デンマークは、30〜40年前に戸籍制度を撤廃した。戸籍がなくなれば国籍を証明できない、と考えるのは「父系脳」だろう。父親が誰であろうと母親が子を産めば一義的に親子関係は証明できる。実際、デンマークでは出生証明には母親の欄しかないのだ。父親が「自分はこの子の父親だ」と届け出たければ、自己申告できるが、そうしなくても不都合はない。社会的な差別は一切ない。
一方、日本の戸籍制度は慣習的に父親中心で、未婚のまま父親の戸籍に入らなければ法的に不利を被り、社会的に差別される。「非嫡出子」という言葉があることが、なにより差別的である。
これに反対しているのが、安倍晋三元首相の一派や、その背後にいる日本会議や旧統一教会的なイデオロギーを持つ人たちだ。父系社会からの転換は、天皇制の議論に通じるので、右翼勢力が反対するのはわからなくもない。ただ、たとえば安倍元首相支持者の急先鋒で大臣経験者の国会議員の丸川珠代氏は、選択的夫婦別姓に反対の立場でありながら、結婚しても夫の姓を名乗らず夫婦別姓の状態で活動をしている。
ほかにも自民党議員には「夫婦別姓反対」と言いながら、夫の姓を名乗らず旧姓のまま活動する女性国会議員は少なくない。「理由は選挙のある国会議員の名前は芸能人と同じで一般に受け入れられている“通称”を使っているので結婚しても姓を変えなくていいのだ」という言い訳をしている。これをインチキと言わずして何というのか。与党自身が根深い問題を抱えているのだ。
実は少子化を止める方法は他にもある。先進国でも米国は合計特殊出生率1.64(2020年)と比較的マシなほうだが、これは移民が多くの子を産んでいるからだ。ドイツ、カナダ、オーストラリアなども、移民の受け入れで出生率を下支えしている。
ただ、自民党の一部や右翼勢力は国粋主義的で、移民の受け入れにも反対している。父系社会と日本人の純血を守れれば、少子化で国が滅んでも構わないとでも考えているのだ。この矛盾を解決しなければ少子化に歯止めはかからない。
岸田首相は「異次元の少子化対策」と言う前に、諸外国の少子化対策の勉強をしたほうがいい。前述のフランスでいえば、「N分N乗」方式を導入して、子どもが多ければ多いほど減税される。少し調べればすぐにわかることなのに、「児童手当の拡充」としか言えないのは勉強不足としか言いようがない。「異次元」の前に、諸外国の事情を勉強して、父系社会の象徴である戸籍制度を撤廃する「ごくふつう」の少子化対策から始めなくてはならない。
※この記事は、『プレジデント』誌 2023年3月3日号を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。