大前研一メソッド 2023年1月24日

公共放送としてNHKが重視すべきは「報道」

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大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

NHKの経営委員会は、2023年1月に任期満了になる前田晃伸会長の後任に、日本銀行元理事である稲葉延雄氏を全会一致で選出しました。

稲葉氏は会見で「NHKが公共放送として国民の信頼を得るためには質の高い報道、ドキュメンタリー、あるいはエンターテイメントを制作し、放送していく(後略)」と述べました。

【資料】稲葉延雄 次期会長 記者会見要旨

公共放送なのだから、公共的な使命感を持つのはたいへん結構なことです。しかし、「発信すべき番組にエンターテインメントが入っているところに、大きな勘違いがある」とBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

今、NHKが公共放送として何より重視しなければいけないのは「報道」だ。

現在は、世界で極めてシビアな地政学的な変化が起きていて、地政学上の問題が経済と経営の両方にダメージを与える時代になっている。たとえばロシアや中国が引き起こしている問題は、企業や経営者がマネージできる範囲を超えている。

激変する時代において公共放送に求められるのは、世界と日本のニュースを正確かつ迅速に伝えることである。それを最優先せずエンターテイメントを重視する放送に、公共放送を名乗る資格はない。

大相撲、高校野球、紅白、ドラマなどのエンタメ番組に公共性はない

(1)大相撲

「巨人、大鵬、卵焼き」と言われた50年前は、相撲も国民的関心事の一つだった。しかし、今スポーツの話題になったとしても、相撲の話になることはまずない。2022年は6場所すべて優勝力士が異なる珍しい1年だったそうだが、はたして6人の力士の名前をあげられる国民がどれだけいるのか。6人どころか1人もあげられない人がほとんどだろう。

私は毎夕5時にNHKのニュースを見ているが、大相撲のシーズン中(年間90日)は報道番組を放送しない。ニュースより、ニーズのない大相撲が優先されるのは「利権化」している証拠だ。しかもBSでは、十両くらいの取り組みから延々と放送をしている。お客がほとんど入っていないのに、NHKでは全国放送しているのだ。

一部のマニアしか見ていない大相撲を中継するために、NHKは日本相撲協会に高い放映権料を支払っている(『日刊スポーツ』紙によると、2008年の「本場所放送収入」は28億3102万円)。受信料のことを考えれば、公共性の高いニュースを犠牲にして相撲協会を儲けさせる理由が、私にはどうしても理解できない。

(2)高校野球

さらに、NHKが頑かたくなに放送を続けているスポーツコンテンツがもう1つある。高校野球だ。特に夏の甲子園の中継は疑問だ。酷暑の中でプレーさせるのは球児たちの健康にも良くない。夏にやる必要性が見いだせないし、野球ファンが年々少なくなっていることは言うまでもない。

(3)ドラマ、音楽

ドラマや音楽などエンターテインメント番組の在り方も、本当に公共放送に相応しいものか問い直す必要がある。

『紅白歌合戦』『大河ドラマ』『朝ドラ』。興味がなくて見ていないのでそれぞれ中身はよく知らないが、問題はクオリティーではない。たとえば紅白歌合戦、年末にかけて「今年の司会者は誰だ」「出場歌手が決まった」とプレーアップする。「NHKはCMがない」と言いながら番組の宣伝がしつこい。大河ドラマも同様で、視聴率を上げるために役者が他の番組にも出て宣伝を始める。まるで芸能番組である。民放がやればいい。

娯楽が乏しかった時代と違って、エンターテインメント番組の公共性はほとんどない。そこに無理やり公共性を見いだして、その幻を維持するために公共の電波を使って自らコマーシャルするという悪習は断ち切るべきだ。

ニュース専門のチャンネルを作れ

NHKは公共放送としての在り方を抜本的に見直したほうがいい。現在、NHKは地上波に2つ、BS(衛星放送)に4つのチャンネルを持っている。経営計画でBSを1つ減らす計画を立てているが、それでも5つ残る。そのうちのBS2つを使って、何が起きてもひたすらニュースを流す専門チャンネルをつくるべきだ。

たとえば、イギリスBBCは9チャンネルあり、うち1つはニュースを24時間流す専門チャンネルだ。中国CCTVに至っては20チャンネル以上を有して、通常のニュース専門チャンネルはもちろん、経済ニュース専門チャンネルもある。公共放送にとってニュースは神聖なもの。他に邪魔されない専門チャンネルがあることが世界標準だ。

地政学上の問題の重要さを鑑みれば、海外と国内、それぞれに専門チャンネルが欲しい。海外チャンネルは、この時間は中国、ここは米国、ここはEUとロシアというように、時間で区切って、現地の放送局によるニュース番組を同時翻訳で流せばいい。

NHK独自の番組にも期待したい。今のNHKの海外ニュースを見ていると、現地の特派員と中継しても、骨格は日本のスタジオ側で組み立てていることが多く、現地の生の声がわからない。一方、BBCやCNNは特派員側が主でニュースを伝える。情報の価値が高いのはもちろん、東京のスタジオが考えたシナリオではなく、現地でしか得られない情報のほうである。

語学番組をNHKが手掛ける必要性は低下した

次に現在のEテレ(教育テレビ)は、そのまま残せばよい。教育はニュースに次いで公共性が高いからだ。

ただし、内容は見直しが必要だろう。Eテレを見ていると、レベルの低いほうに合わせる意図があるのか、近年はやさしい方向に向かっていて、教育というより半ばエンターテイメント化している。

日本が世界から遅れ始めている今、公共放送に求められるのは、世界の最先端の教育を紹介することだろう。たとえばフィンランド、デンマーク、イスラエル、シンガポールなどで行われている教育を放送してもいいし、文部科学省が普及させようとしている国際バカロレアの授業をやるのも面白い。

語学番組も力を入れているようだが、意味がない。教育コンテンツが限られていた50年前なら、NHKラジオはいい教材だったかもしれないが、英語教育の教材が溢れている今、NHKがやる必要性がどこにあるのか。イタリア語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語、ポルトガル語、アラビア語などの各言語の講座もあるが、「NHKのおかげでそれらの言語が上達して仕事に活かせるようになった」、という声は聞かない。

課金体系を見直せ

とはいえ、世の中にはエンタメやスポーツ番組を見たい人もいるだろう。私はニュースと教育以外は必要ないと考えている。NHKがどうしてもそのニーズに応えて放送をしたいなら、ニュースと教育以外はすべて「総合チャンネル」に集めて、受信料とは別の課金体系の課金システムを導入するべきだ。

実はNHKは多数のドキュメンタリー番組をつくっている。ただ、それらは、組織が肥大化して人余りになっているNHKエンタープライズのディレクターに食わせるためのプログラムであり、公共性うんぬんはそのための口実にすぎない。これらもニュースや教育と分離して「総合チャンネル」にひとまとめにして、見たい人だけがお金を支払うようにすればいい。

分離して国民がそれぞれ見たいチャンネルを見るようになれば、これまでのようにひとまとめで受信料を設定する必要はなくなる。「大河ドラマや紅白歌合戦の豪華なセットに受信料を使われたくない」と思う人は、ニュースや教育の専門チャンネルだけ契約すればいい。

価格設定については、動画サービスは月額500〜1500円くらいが相場だが、ニュースや教育は公共性が高いので、1チャンネル年間1000円(月額100円)くらいが適正価格だろう。

一方、エンターテインメントのチャンネルは、ABEMAやネットフリックスのようなインターネット放送に移行して、番組単位の投げ銭制にしてはどうだろうか。民放同様、人気のあるコンテンツならそれで採算が取れるし、採算が取れなければその番組が消えていくだけである。相撲や高校野球の専門チャンネルなら、従来のテレビでは放送できないようなアーカイブ映像を流したらファンは喜ぶのではないか。

稲葉次期会長は日銀理事を退任後、リコーで特別顧問や取締役会議長など務めた経歴を持つ。「デジタル化の大きなうねりに多くの企業が翻弄されている」と痛感したという。NHKも例外ではない。本当に危機感があるなら、既存の枠組みを根本的に見直して、デジタルの時代に合ったチャンネルや課金の仕組みに変えていくべきだろう。

※この記事は、『プレジデント』2023年2月3日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。