大前研一メソッド 2022年11月8日

おひとり様市場攻略の鍵は、パーソナライゼーション

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大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

1人暮らしの「単独世帯」が急増しています。内閣府の「男女共同参画白書 令和4年版」によると、2020年の国勢調査で単独世帯は全世帯に占める割合が38%と最多になりました。今や住宅の10軒に4軒が「おひとり様」です。

おひとり様が今後も増えつづければ、日本はやがて家族が“消滅”した「ソロ社会」になるでしょう。生活様式の変化とともに、求められる製品やサービスは現在とはまるで違うものになります。「従来のマーケティングが通用しない市場が拡大する」とBBT大学院・大前研一学長は予測します。

おひとり様向け商品・サービスを、各社が開発

例えば「ファミリーレストラン」は、ファミリーが少なくなれば需要が減る。定食専門店の「大戸屋ごはん処」などは、すでに壁に向かって1人で食べる席がある。とんこつラーメン「一蘭」が仕切り板のある「味集中カウンター」で特許を取得したように、おひとり様向けのノウハウが、より一層各社で開発されていくだろう。

郊外にある大型店の総合スーパー(GMS)は、4-5人の家族がクルマで乗りつけ、1週間分の食材をトランクいっぱいに買って帰るというニーズで賑にぎわっていた。しかし、最近のスーパーやコンビニで目につくのは、惣菜のおひとり様向けレトルトパックだ。肉じゃが、シチュー、ハンバーグと豊富なメニューがあり、温めるだけですぐ食べられる。家族と囲む食卓でも、それぞれ好きな料理が食べられる。

総合スーパーへクルマで買い出しにいかなくても、コンビニを冷蔵庫代わりにして、毎日買いにいけばいいのだ。もっと不精(ぶしょう)するなら、スマホを使ってウーバーイーツや出前館に宅配してもらうこともできる。

醤油などの調味料も、最近は少量サイズの商品が並び、おひとり様向けの商品開発、サービス開発はすでに始まっている。しかし、本格的なソロ社会を迎える準備ができていない企業は多い。大量生産、大量消費、大量広告の時代に育った人は、発想の転換を迫られているのだ。

積極的に1人の時間を楽しむ“ソロ(単独)活”も台頭

単独世帯の増加とは別に、コロナ禍による行動制限や人間関係の疲れなどから、積極的に1人の時間を楽しむ人も増えている。ソロ(単独)で活動する“ソロ活”だ。

代表的なものに「ひとり焼肉」「ひとりカラオケ」「ソロキャンプ」などがあり、家族や仲間と楽しむのが当たり前だったイベントがソロ活になっているのだ。

キャンプ用品市場では、ワークマン、コメリ、ダイソーなどの激安ショップが新規参入し、専門店なら10万円ほどかかりそうな道具や装備が、1万円もあればそろってしまう。気軽にソロ活を始め、自分に向かないと思えば、やめてしまっても惜しくない価格だ。

ディズニーランドを1人でまわる「ひとりディズニー」、高級リムジン車に1人で乗る「ひとりリムジン」といったソロ活もある。せっかくディズニーランドへ出かけても、誰かと一緒だとアトラクションの好みが違うから満喫できないというのだ。関西では、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)の年間パスポートを買って1人で楽しむ「ひとりUSJ」が人気を集めている。

“ソロ活市場”のキーワードは「パーソナライゼーション」

“ソロ活市場”のキーワードは「パーソナライゼーション」だ。他人に合わせることなく、自分1人の欲求や希望を満たすことが強く意識される。商品やサービスを提供する側は、“マス”の発想ではなく、“パーソナル”の発想に転換することが重要になる。

第一に日々の情報が、個人に最適化されたデジタルサービスによってパーソナライズされている。情報を得るメディアは、若い世代ほどテレビや新聞よりスマホのほうが多い。SNSやニュース配信は、ユーザーの行動履歴などを基にAIがパーソナライズし、レコメンド(おすすめ)される情報を受け取るようになっている。

特に、ファッションや美容品の分野では顕著で、ユーザーが購入時に重視するポイントは「自分に合うか」「私らしいと思えるか」が上位に挙がる。ユーザー一人ひとりに「あなたの髪にぴったりのシャンプー」などのパーソナライズされた商品情報が求められているのだ。従来の「フケが多い人用」「くせ毛用」などのセグメンテーションは、ビジネスの考え方としてもはや崩壊したと見ていい。

ビジネススクールでは、セグメンテーションではなく、パーソナライゼーションを教えることになるだろう。

2022年8月に米アマゾンや三井物産が、「アットコスメ」を運営するアイスタイルと業務資本提携を結んだのも、同社が登録会員610万人の情報を握っているからだ。

パーソナライゼーションでは、狭くて深いマーケット情報こそ価値が高い。個人情報保護の観点から、ウェブサイトへのアクセス情報が残るクッキー(Cookie)が規制強化される動きもある。会員情報のような一人ひとりのデータはさらに価値を高めるはずだ。

ユニクロを超える急成長、アパレル「SHEIN(シーイン)」の戦略

アパレル業界でも、パーソナライゼーションを狙った企業が注目されている。これまでのアパレル業界は、スウェーデンの「H&M(ヘネス・アンド・マウリッツ)」、スペインの「ZARA」、日本の「ユニクロ」といったグローバルSPA(製造小売業)が世界を席巻してきた。いい製品を大量生産し、チェーン展開して手頃な価格で販売する戦略だ。

ところが、まったく異なる戦略で急成長してきたのが、中国発のファッション通販「SHEIN」だ。2008年にクリス・シュー氏が広州市で創業し、現在はシンガポールに本社を移してロードゲットビジネスという会社が運営している。中国国内では販売しないで米国、英国、日本など世界150カ国以上で事業を展開している。販売店はなく、100%オンライン通販だ。売上高は非開示で、2021年は2兆円を超えたと推定されている。

最大の特徴は、毎日、数千点の新製品を投入することだ。ユニクロの年間生産品目数が約1000点あるのに対して、SHEINは15万点に達する。超少量多品種生産によって、100着しかない服が瞬時に売り切れるといったことが起こる。同じ服が世界にわずかしかない点がパーソナライゼーションになるのだ。

同社の時価総額は、すでにユニクロ(ファーストリテイリング)、ZARAを抜いている。販売店がないから不動産や人件費などの固定費が少なく、利益率がものすごく高いのだ。従来とはまったく違う新しい企業戦略が成功した例だ。

パーソナライゼーションの重視は、高額商品にも見られる。イタリアの自動車メーカー「マセラティ」では、ユーザーが仕様を決めてスタイリングできるパーソナライゼーションのプログラムがある。「世界に一台しかない、あなただけのマセラティ」を提供しているのだ。

ソロ社会の新たな生活者像が必要となるのは、企業だけではない。日本政府には、単独世帯の増加を視野に入れた「孤独・孤立対策担当大臣」が必要となる。内閣官房にある「孤独・孤立対策担当室」を格上げしなければならなくなるだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌2022年11月18日号 『大前研一アワー#491』2022年10月29日放送 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。