大前研一メソッド 2022年8月9日

日本にとって全体最適となる電力事業のカタチとは?

power business

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

東京電力福島第1原子力発電所事故を巡り、同社の株主らが旧経営陣に対し東電に13兆円余りの賠償金を支払うように求めた株主代表訴訟——。原発を持っている9つの大手電力会社の現経営陣にとっても他人事ではない判決です。

9つの大手電力会社には「福島の事故を徹底的に分析し、自社で同じ事故は絶対に起こさない」といった発想を見ることができません。福島の事故はまるで他人事であるかのようです。

BBT大学院・大前研一学長は、原発事故の分析、各地の電力会社を調べた経験も踏まえて、3つの改革案を提言してきました。以下に紹介する大前学長の改革案を真剣に検討する良い機会としてほしいものです。

以下の3つの改革について、順番に詳しく解説していく。
(1)各電力会社から原発部門を切り離して国内で1社に統合する
(2)原発関連のメーカーも1社に統合する
(3)全国的な高圧伝送網の会社を設立する

(1)各電力会社から原発部門を切り離して国内で1社に統合する

日本には北海道から沖縄まで10の大手電力会社があり、沖縄を除く9社は原発を持っている。これまでは9電力がそれぞれ原発を運営し、管轄する地域内に電力を供給してきた。原子力に対する住民のアレルギーをなくすには、「地域の電力会社が『原発は安全ですよ』と地域密着で説明するほうが、浸透しやすい」と信じられていたからだ。

しかし、原発事故が起こってからはマイナス面しかない。原子力分野の優秀な人材を各社が抱えるのは、もはや困難な状況だからだ。

事故後、原子炉を監査した電力会社のなかには、私の質問に答えられる専門家がいないところが複数あって驚いた。「福島の事故を徹底的に分析し、自社で同じ事故は絶対に起こさない」といった発想はなく、福島の事故は他人事である印象を受けた。

そもそも電力会社の上層部には原発に明るい人が少ない。火力発電で育った人ならまだいいほうで、電力の素人である地元の有力者や経済団体の幹部などがふんぞり返っている。私が質問すると秘書に「○○くんを呼んでくれ」と言うだけだ。呼ばれてきた担当者にも当事者意識がない。「この人たちに原子炉を任せたらやばいぞ」と思った。

原発事故が起きてからは、優秀な技術者の確保がなおさら難しくなってきている。原子力工学を勉強する若者が減っているからだ。

私が博士号を取得したマサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院も、1979年にスリーマイル島の原発事故が起きてからは、学生が集まらなくなった。私が大学院生の頃は同級生が130人以上いたのが、15人前後まで減った。しかも米国人はほぼゼロで、アフリカから国費留学してきた学生がほとんどになった。日本でも原子力工学科をめざす若者が減り、人材不足がさらに進むことは容易に予想できる。

人材不足の怖さは福島の事故でも明らかになった。福島第一に6基ある原子炉のうち、5号機と6号機は設計・製造した東芝の技術者を招聘して停止させた。東電には他社より優秀な技術者が多いといっても、同時に6基を止めるには足りなかったのだ。東電でさえそうなのだから、地方の電力会社で大事故が起これば、まずノックアウトだろう。

だから、優秀な人材を集めるために、原発の運営会社は1つにまとめる。もともと電力会社のなかで、原発部門は別系統だから実行は容易なはずだ。福島の事故で東電社内が混乱した原因の1つは、原発部門が経営陣に信頼されてなかったことがある。

(2)原発関連のメーカーも1社に統合する

技術者不足は、原子力関連のメーカー側にも起こる。だから、メーカーも1社にまとめるのだ。日本で原子炉を設計・施工できる企業は三菱重工業、日立製作所、東芝の3社だ。原子炉にはBWR(沸騰水型炉)とPWR(加圧水型炉)の2種類がある。BWRは、原子炉のなかで水を沸騰させ、発生した蒸気をタービンへ送って発電する。PWRは、原子炉のなかで沸騰しないように圧力をかけた水を熱し、その熱水を蒸気発生器に送って別系統の水を熱して蒸気を発生させる。福島第一の原子炉はすべてBWRであり、東日本大震災の事故によってPWRのほうが冷温停止しやすいことがわかった。

今では事故があっても冷温停止まで持ち込めるAP1000のようなPWRもできている。中国で現在建設中の炉はほとんどがこのタイプだ。また出力が小さくて安全性が高いSMR(小型モジュール炉)などの新しい技術に集約していくことも考えられる。

古い原子炉は、もともと30年の使用で設計されたものがいろいろ工夫することで「40年でもOK」とされてきた。しかし、苦し紛れの延命認可はもうやめて、事故後に設計された最新型を導入したほうがいい。

また、原子炉を収める圧力容器を製造する日立、IHIなどのメーカーも含め1社にまとめて技術者を確保する。

(3)全国的な高圧伝送網の会社を設立する

3つ目は全国の高圧送電網も1つにまとめて、日本高圧送電会社を設立することだ。発電に余裕がある地域から、電力不足の地域へ全国規模で送電するしくみだ。

技術としては、日立製作所がスイスのABBグループから約1兆円かけて買収した高圧直流送電(HVDC)がある。日本は、商用電源周波数が糸魚川静岡構造線を境界として二分されていて、東日本と西日本との電力の融通が困難な状況だ。しかし、ABBの技術によって長距離送電が可能となり、日本全国を一気通貫できる高圧送電網が構築できる。

高圧送電会社のもう1つのメリットは、国内の電力需要にある“時差”を活用できることだ。北海道から九州までは約1時間半の“時差”がある。電力需要のピークは、北海道から九州へ徐々に移動していくから、ピークの地域に電力を送るようにする。

太陽光発電の活用も変化する。夏の北海道は午前4時前から明るいから発電がスタートできる。北海道で日が沈んだあと1時間半は九州で発電した電気を送る。私が学生時代に計算したところでは、太陽光をうまく使うことで総電力使用量は15%ほど削減できる。

ただし、風力や太陽光発電など再生可能エネルギーの一部は、高圧にできないから遠くへは送電できない。各地域は、全国的に融通しあう電力とローカルの電力を合わせて使うことになる。

なお、風力、太陽光、バイオマスなどの再生可能エネルギーも、海外に比べると実態は驚くほど後れている。例えば地熱発電は、熱源とタービン技術で日本は世界トップクラスなのに、規制や温泉組合などの反対でほとんど進んでいない。

私は電力需給対策について、3.11のときから大規模な節電策も含めて提言をつづけてきた。今も私は電力使用率が95%を超えたらスマホで緊急警報を鳴らして節電措置を講じるべきだと提案しているが、政府から具体策は聞こえてこない。エネルギー問題を担当する電力会社と政府・経産省は今も怠慢であり、罪は重い。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年8月12日号 『大前研一ライブ #1124』 2022年7月17日放送 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。