大前研一メソッド 2022年4月1日

食品の偽装表示はなぜなくならないのか?

choosing products in supermarket食品の偽装表示はなぜなくならないのか?

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

熊本県産として販売しているアサリの大半が実は中国や韓国産であることが分かったほか、中国産ワカメを全国有数の名産地である徳島県鳴門産と偽って販売するなど、産地偽装の発覚が相次いでいます。不正が横行する要因の一つに、外国産の水産物であるとしても日本で育てる期間の方が長ければ「国産」と記載できる食品表示の通称「長いところルール」の存在があります。

ルールを悪用して不正を働く長年の慣行が横行しており、表沙汰になることが繰り返されているわけです。

農林水産省が過度に国内の生産者に寄りすぎている、さらに、輸入業者が“ホクレン(ホクレン農業協同組合連合会)”のように生産側の仕事をしているところが多いからだとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。消費者の“国産信仰”が、実態を見えにくくしていることもあります。

この仕掛けの問題は、安く海外から仕入れても国産品と同じくらいの値段で売るため、消費者のためには全然なっていない点です。具体的な農林水産品でみてみましょう。

ワイン

典型的な例がワインである。2018年まで日本のワインには「国産ワイン」と「日本ワイン」があった。

ラベルに「国産ワイン」と書いてあっても、日本で育ったブドウからできたワインだと思ってはいけない。海外から濃縮果汁やバルクワイン(ボトルではなくタンクに詰められたワイン)を輸入し、日本国内で混ぜたり水を足したりしたのが「国産ワイン」だ。つまり、国内でボトリングしたという意味でしかない。一方、国産ブドウのみを原料として国内で製造されたのが「日本ワイン」だ。同年にワイン法が施行され、国内でボトリングされた輸入品は「国内製造ワイン」と表示されるようになった。それでもまだ、「国産ブドウからできた」と勘違いする消費者は多いだろう。

アサリ

2022年2月に出荷が停止された熊本県産のアサリも同じである。農林水産省が2021年10月から12月末までに販売された「熊本県産」のアサリをDNA分析したら、97%が中国産や韓国産の疑いがあった。熊本県産アサリは、全国の販売シェアの8割近くを占めるブランドだ。しかし、20年の年間漁獲量が21トンだったのに、全国で販売された“熊本県産アサリ”は推計2485トンに膨れ上がる。その倍率は実に約120倍にもなる。

あさりの漁獲と販売状況

「(本物の)熊本県産を食べた人はほとんどいなかった」ということである。中国産のハマグリが“大分県産”として賞味されていたことが2009年に発覚した事件がある。「熊本のブランドを信頼を揺るがす危機的状況」などと、約14年も在職している熊本県知事が驚いてみせるのは、もはや喜劇だ。

米の南魚沼産コシヒカリが、現地生産量の30倍以上が全国で流通しているのよりひどい。

中国や韓国で生まれ育ったアサリでも、熊本県内で“畜養”した期間のほうが長ければ「熊本県産」と表示できる。アサリに“長期の蓄養”がなかったと判断されたから偽装なだけである。

ウナギ

ウナギでいえば、2019年に新潟市のスーパーが中国産に「鹿児島県産」というシールを貼って販売した。2021年も岐阜県の業者が中国産のウナギを愛知県産と偽装表示していた。たとえウナギの名産地から出荷されても、熊本県産アサリのように、国内の養鰻場にいたのが短期間なら偽装になるわけだ。

魚は移動するし、誰が獲っても品質は変わらない。しかし、外国から格安で買ったものを「○○県産」のブランドで高く売るのはイカサマだ。

食品の偽装表示が後を絶たないのは、「国産品は安全でおいしい」と思い込む“国産信仰”が根深いせいでもある。ワインのボルドー地方、ブルゴーニュ地方のように有名ブランドでない限り、外国産は国産に劣ると考えるのは誤りである。“国産信仰”があるから、流通の途中でイカサマする連中が出てくる。

海外産が有名ブランドになれば、イカサマはなくなる。とはいえ、実は最近国内の意識がだいぶ変わってきていて、オーストラリアの牧草で育った赤肉の牛が今では人気だ。霜降りではないので健康にもいいし、柔らかくておいしい、と偏見なく評価され始めている。

競争力がある世界最適地と食の安全保障条約を結び、安くておいしい農産品がどんどん入ってくれば、いずれ“国産信仰”はなくなるだろう。農水省が過度に国内の生産者に寄りすぎていることも根本的な問題である。消費者も自分の舌を信じて判断するようになり、「うまいものはうまい」とストレートに認めるようになれば、最適地の生産者に適切な報酬が払えるようになるし、価格はぐっと下がるはずである。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年4月15日号、『大前研一ライブ』 2022年2月6日放送 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。