大前研一メソッド 2022年1月25日

ロシアは、ウクライナに軍事侵攻する?しない?

Relationship between Ukraine and Russia

2021年12月3日、米紙ワシントン・ポストは、米情報機関が作成した報告書の内容などとして、「ロシアが2022年早々にも大規模なウクライナ侵攻を計画している」と報道しました。報道によれば、最大17万5000人を動員した多正面作戦になる見通しだといいます。

ウクライナ情勢をめぐり、米国や英国が相次いで現地の大使館職員の退避を発表するなど、緊張が高まっています。日本の外務省も、ウクライナ全土の危険情報を、上から2番目にあたるレベル3の「渡航中止勧告」に引き上げました。

情勢が緊迫してきましたが、大前研一学長は、ロシア側の損得を勘定した結果として、「ウクライナに軍事侵攻しない」と読みます。ロシアがクリミアを併合した時を想起させられるのですが、クリミアを併合した時との違いを中心に、大前学長が解説します。

大前研一(BB大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

クリミア併合を見て、ウクライナ東部の新ロ派が分離独立

ウクライナはロシアを刺激しないために中立を保ち、政権はロシア寄りと欧州寄りが交互に移り変わってきた。ロシア寄りのヤヌコーヴィチ元大統領が悪事を重ねて蓄財したのに対して、現在のゼレンスキー大統領はEU・米国にかなり寄っている。プーチンからすれば、EU・米国にかなり寄っている現在のウクライナは危ないのだ。

ウクライナ国民の大半は、本音ではEUと関係を深めたいと考えている。2014年にクリミア半島がロシアに併合されて以降、「次は自分たちではないか」と危惧している。

一方で、ロシアに併合されたい人たちもいる。ウクライナ東部のLUHANSK(ルガンスク)人民共和国とDONETSK(ドネツク)人民共和国だ。

親ロ派が分離したウクライナの現状

どちらも親ロシアの人が多く、2014年にウクライナからの独立を宣言した。ウクライナ政府は独立を認めず、「反政府組織」として扱っている。

おそらく独立は、ロシアが仕掛けたものではない。ルガンスクとドネツクの人たちは、クリミア併合を見て「俺たちもロシアへ行きたい」と考えたのだ。理由の1つはウクライナ政府への不満と不信感だ。

ウクライナ政権は、クチマ、ユーシェンコ、ヤヌコーヴィチなど悪い政治家が多く、ソ連崩壊直後の頃から評判がよくない。悪い政治家の治世に両地域は愛想を尽かしたのだ。

クリミアを併合した結果、ロシア側は学んだ

クリミア併合も、同じ経緯だった。日本の報道では「ロシアがクリミア半島を収奪した」という印象が強いが、欧米から見た一面にすぎない。

1992年からウクライナの一部だったクリミアは、2014年3月に議会が独立を宣言してクリミア自治共和国となった。住民投票では9割以上がロシアへの編入に賛成した。

この圧倒的な投票結果から、クリミアは「ロシアに入れてください」と申し入れ、ロシア議会が承認した格好だ。つまり、住民の意思を反映する民主的な手続きはしっかり踏んでいる。米国が後押しした「アラブの春」諸国や2011年の南スーダン独立より民主的だろう。

クリミアはもともとロシアの別荘地で、人口約250万人のうち、ロシア人が約6割いて、ウクライナ人は3割に満たない。ロシア系にいわせれば、クリミア半島はウクライナ国内で差別されている。ロシアの別荘地として栄えた頃と違い、まるで発展していない。

ロシアに併合されたあとは、ロシアのタマン半島と結ぶクリミア大橋ができて、自動車も鉄道も行き来している。地つづきになって経済発展が期待できるのだ。

ただし、ロシアがクリミアを併合したことで、双方がハッピーになったわけではない。プーチンの大きな悩みが第二幕だ。

高齢者が多いクリミアの年金債務をロシアが全部背負い込むはめに

ウクライナのダメな政府は、クリミアの人たちに年金を用意していなかった。高齢者が多いクリミアの年金は、ロシアが負担することになる。収奪するどころか、プーチンの本音は、お荷物を背負い込んだ気分だろう。

ロシア国内は、旧ソ連の頃から年金の積み立てが少ない。そもそもプーチン人気は、エリツィン時代に困窮した年金生活者を救ったことで高まった。年金は長年の大問題であり、救済がプーチンの得意技だった。彼はクリミアで同じ悩みを抱えている。

もしロシア併合を望んでいるルガンスクとドネツクまで受け入れたら、ロシアの年金制度は破綻しかねない。バイデンはロシア軍が10万人規模で配備されたと騒いでいるが、「プーチンには収奪の意思はない」、と私は見る。仮に侵攻するとしたら首都キエフを押さえ、(残っているかどうかは不明だが)年金資金を収奪するしかないだろう。

「NATO軍のミサイル配備がモスクワにどんどん迫ってくる」というプーチンの危機感

軍事でいえば、欧州にはNATO(北大西洋条約機構)がある。冷戦時代にソ連に対抗するため、軍事的協力と集団防衛を約束して設立したものだ。バルト三国をはじめとする旧東側諸国も、2000年以降に続々とNATOに加盟した。

プーチンにとっては、NATO軍がどんどん迫ってくるようなものだ。緩衝地帯になっているウクライナとベラルーシまで加盟したら、目と鼻の先にNATO軍のミサイルが配備されたような思いになるだろう。

原発事故が起きたチェルノブイリは、ウクライナ北部にある。ロシアとの国境が近く、ロシアのブリャンスクは甚大な被害を受けた。ベラルーシとも近く、三国の境界のようなエリアだ。

もしチェルノブイリにNATO軍の短距離ミサイルが配備されたら、モスクワまでは至近距離だ。モスクワが東京なら、大阪に配備されるぐらいの距離感だ。プーチンは、ウクライナが反ロシアの橋頭堡になることだけは絶対に避けたいだろう。

プーチンは現状維持を希望

実はロシアにとって、ウクライナにはもう1つ特別な意味がある。歴史的には、ウクライナは“ロシアの親”にあたるのだ。

ウクライナの首都キエフには、9世紀から13世紀にかけてキエフ大公国があった。11世紀に欧州で最も発展した国の1つだったが、1240年にモンゴル軍に攻め込まれて崩壊した。

ロシア正教は、キエフ大公国の正教会から派生したといわれる。つまり、宗教上の祖先はキエフなのだ。その点は、ベラルーシと大きく違う。ベラルーシはいま可愛がっているポチで、ウクライナはご先祖さまなのだ。

だからといって、軍隊を使ってルガンスクとドネツクを取りにいけば、年金生活者をさらに引き受けることになる。プーチンが抱えるジレンマだ。プーチンはとにかく現状維持を希望しているのだ。

「NATOはウクライナにミサイルを配備しない」と約束すればロシアは引っ込む

バイデンは、ウクライナとロシアの関係も、プーチンの葛藤も理解していないだろう。彼らはそもそも歴史に目を向けない。「新疆ウイグル自治区の綿は強制労働の産物だ」と非難するとき、自分たちが19世紀に綿花栽培でアフリカから違法に連れてきた奴隷たちに強制労働させたことを忘れている。

彼らは他国が軍事的な動きを見せると「キャーッ」と騒ぐ癖がある。1962年のキューバ危機では、カストロ政権がソ連軍のミサイル基地を建設すると知って、ケネディ大統領が大騒ぎした。当時を思い出せば、プーチンの危機感も想像がつくだろう。キューバからワシントンDCは約2000㎞あるが、ウクライナの国境からモスクワはわずか700㎞しかない。

従って、米国が「NATOの東方拡大はありません」、あるいは「ウクライナがNATOに加わってもミサイル配備はしません」、と約束すればプーチン、そしてロシア国民も落ち着くはずだ。

日本の報道は、米国の目線で伝えるから本当の事情がわからなくなる。政治家もマスコミも、もう米国の目線のみで考えるのはやめたほうがいい。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年2月4日、大前研一ライブ#1099 1月23日放送 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。