大前研一メソッド 2023年6月6日

花粉症の根本原因=スギの木をなぜ切れないのか?

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大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

政府は2023年5月30日、花粉症対策に関する関係閣僚会議を開きました。花粉の発生源となるスギの人工林を10年後に約2割減少させ、30年後には花粉の発生量の半減を目指すという遠い未来の話になりました。

同会議では3つの柱が決定しました。柱の1つ目は、スギの伐採や植え替えによる発生源の対策。2つ目は、スーパーコンピュータやAIを活用した花粉飛散予報や飛散防止剤の実用化などの飛散対策。3つ目が、舌下免疫療法など根治が期待される療法の普及や花粉症対策製品等の開発・普及による曝露・発症対策です。

【資料】花粉症に関する関係閣僚会議

花粉症対策は難しくありません。最大の対策はスギの木を切ることです。シンプルですが、最善の対策です。それが容易にできないのは、以下の二つの利権が存在しているからだとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

林業の利権

まず林業の利権である。摩訶不思議なことに、日本の政府や自治体はスギの植林に補助金を出す。切るべき古い木を放置して、逆に植えるほうに補助金を出しているのだから、スギ花粉が飛び続けるのはあたりまえだ。

「摩訶不思議」と言ったが、日本の役所の体質を考えればわからなくもない。官僚は仕事を増やすことはあっても減らすという発想がない。日本は戦後、スギを植える必要に迫られた。この時に作った補助金の仕組みを、今も止められないのである。

補助金は、スギを植えることではなく伐採することに集中して出すべきだ。「切ることだけに補助金を出せば、ハゲ山だらけになるのではないか」と心配する人もいるだろう。森が失われれば保水能力が落ちて、土砂崩れなどの災害を引き起こすことを危惧するわけだ。

保水能力を維持させたいなら、切り方に工夫をすればよい。林業では通常、地面からの高さが10㎝の辺りでスギを切り倒す。残った根っこは自然に枯れていき、10年くらいをかけて土に還る。そうではなく、スギが枯れない高さで切るのだ。いずれ成長して古木になるが、当面は花粉が飛ばず、土地の保水能力も維持される。新たに苗木を植えるより経済的だ。

「日本は林道の整備が進んでおらず、切っても運ぶのにコストがかかる」という反論も言い訳にすぎない。たしかに林道は必要だが、2〜3tのトラックが入れる広さの林道なら、大がかりな工事をしなくてもいい。

長野県に住む私の友人はカナダから伐採用の機械を購入したが、それを走らせれば簡単に林道ができる。林道はお金をかけずともつくれるのだから、木を切らない理由にはなりえない。

切った後のことは、切った後に考えればいい。環境だけを考えれば、実は何も植えなくてもよい。2022年に亡くなった俳優の柳生博さんは、「日本の植林は間違いであり、野山は雑木林に戻すべきだ」と主張して活動していた。柳生さんがつくった「八ヶ岳倶楽部」をかつて案内してもらったが、鳥や虫たちが住み着く立派な雑木林の中を散歩するのは気持ちがよかった。植林に補助金を出さずとも森は自然に復活するのだ。

もちろん植林をしたければしてもいい。広島に本社を置く建材メーカーのウッドワンは1990年、ニュージーランドの国有林民営化の際に広大な土地を購入した。日本企業がニュージーランド最大の土地持ちになったことで、現地ではいぶかしがる人が多かった。

しかし、ウッドワンは伐採後に地道に再造林を続けた。再造林した木が30年かけて育ち、それを伐採してまた再造林するというサイクルが一巡。サーキュラーエコノミーを確立し、今ではニュージーランド国民から尊敬を集めている。まずは切ることが最優先だが、その後に適切な木を植えれば、環境保護と経済性を両立できる。

日本で再造林するなら当然、普通のスギはダメだ。開発が進んでいる花粉の出ないスギや、他に北海道や青森で見かけるヒバ、長野にあるアカマツや落葉松。そういった木が、植林するのに最適だろう。

医薬業界とテレビ局の利権

花粉症に関しては製薬会社とテレビ局の利権も厄介である。

その昔、私が花粉症対策を提言したら、知り合いの医者から「私たちの仕事を奪わないでください」と文句を言われた。その医者曰く、「もっとも儲かる病気は花粉症と胃潰瘍の2つだ」という。理由を聞いて納得した。どちらも根治はしないが、こじらせても死にはしない。つまり医者は良心が咎めることなく薬を処方し続けられるわけだ。

胃潰瘍はピロリ菌除去という治療法が保険適用になり、今や治せる病気になった。しかし、花粉症はいまだに根治せず、かといって死なない病気である。耳鼻科の医者や製薬会社にとっては金の卵を産む鶏だ。薬以外の手段で花粉症が解決すると困るのだ。

かつては病院が出す処方箋が必須だった花粉症薬も、規制緩和でスイッチOTC(市販薬)となり、入手しやすくなった。そのぶん医者の利権は削られたが、製薬会社にとって規制緩和は市場拡大のチャンス。毎年2月あたりからテレビCMを大量に流している。

テレビ局にとって製薬会社は大切なクライアントである。花粉症のつらさを煽りはしても、花粉症の抜本的解決策についてはあまり報道しようとはしない。その意味では製薬会社の共犯といえる。

花粉症薬は、放っておいても製薬会社が勝手に研究開発する。国の政策に求められるのは、スギに撒く飛散防止剤の開発支援だろう。スギ花粉の粒子の大きさは20〜30μm程度と小さく、風に乗って飛びやすい。スギに直接撒いて枯らす農薬や、スギが花粉を出して雲のように舞い上がったときに撒き、重たくして飛ばなくする薬剤の開発が待たれる。

今回、関係閣僚会議は冒頭のような花粉症対策の3本柱を打ち出したが、あれもこれもで総花的である。私が首相なら、予算はスギ伐採の補助金と飛散防止剤の開発だけに集中させる。前者が8割、後者が2割だ。それくらい思い切りやらないと花粉症から国民を救えない。

はたして岸田首相はリーダーシップを発揮できるかどうか。1995年に自民党内で「花粉症等アレルギー症対策議員連盟」、通称「ハクション議連」が設立されたことがあった。花粉症対策を進める議員連盟だ。しかし、花粉症の強固な利権構造を崩すことはできず、活動の輪も広がらずに2009年に解散した。

岸田首相が花粉症関連の利権にメスを入れることに期待したい。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年6月16日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。