大前研一メソッド 2021年9月7日

大前研一私案:五輪費用の捻出先と開催場所を改革する


大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

東京オリンピックでは、アスリートが猛暑で本来の力を発揮できないという皮肉が目立ちました。

猛暑に対するアスリートの不満が続出したことにより、競技開始時間を直前で変更する競技がマラソンやサッカー、テニスで相次ぎ、アスリートの体調を無視した大会スケジュールが問題になりました。米国の夜のゴールデンタイムに照準を合わせた大会スケジュールにそもそもの問題があるとの声が上がっています。五輪改革案をBBT大学院・大前研一学長に聞きました。

五輪開催費用の半分を、クラウドファンディングで世界中から募金せよ

第一に、開催時期からしておかしい。今回、“オリンピックの華”であるマラソンが東京でできなかったのは、開催地として重要な条件を欠いていたと思うし、東京の代わりにマラソンが行われた札幌は、選手にはきつかったはずだ。実際、男子マラソンは出場した106選手のうち30人も途中棄権。過去5大会を見ても高い割合だった。

連日の猛暑に、外国の選手やメディアから「招致のときに、理想的な気候とアピールしたのはウソじゃないか」と苦情が出た。熱中症になった選手も出たのだから無理もない。そうなったのも、NBCの都合だ。

米国は7~8月には、プロスポーツで最も人気があるNFL(アメフト)やNHL(アイスホッケー)の試合がなく“夏枯れ”を迎える。だから、7~8月に開催してテレビ放送ができることが招致の重要な条件になってしまっているのだ。

NBCの影響がなかった1964年の東京五輪は、10月に開かれた。開会式があった10月10日は、一年で最も晴天の確率が高く、その記念として後年「体育の日」(現在は「スポーツの日」)として祝日になった。10月の東京は、まさにスポーツには“理想的な気候”だ。

最終日のマラソンでは、エチオピアの“裸足”のアベベ選手が国立競技場でゴールインし、史上初の2大会連続優勝を果たしてすべての競技が終了した。

“近代オリンピックの父”と呼ばれるピエール・ド・クーベルタン男爵は、フランスの教育者だった。ギリシャの古代オリンピックを復興させたのは、スポーツ教育が第一の目的だった。

五輪のコマーシャリズム(商業主義)は、84年のロス五輪がビジネスとして成功してからといわれる。しかし現在ほど、テレビ局やスポンサーが強かったわけではない。コマーシャリズムが目立ってきたのは、1996年のアトランタ五輪あたりからだろう。

五輪がNBCと縁を切ることは、それほど難しくない。開催費用は、クラウドファンディングで集めるようにすればいいのだ。実際にも、米国における東京五輪の視聴率は、前回のリオ五輪と比較しても視聴者数が4割以上減り、過去33年間で最悪だったという。

主要なメディアがテレビからスマホに移行しているデジタル時代なのだから、時代の変化に合わせて、テレビ局丸抱えの大会運営の仕組みを改革すべき時が来ているのだ。

雑誌「フォーブス」が21年4月に発表した最新の世界長者番付によれば、1位はアマゾン創業者のジェフ・ベゾスで約19兆円。2位はテスラとスペースXのイーロン・マスクで約16兆円。3位はLVMH(ルイ・ヴィトンなど)のベルナール・アルノーで約16兆円、4位はビル・ゲイツで13兆円、5位はフェイスブックのマーク・ザッカーバーグで約11兆円だ。

今回の東京五輪はトータルで4兆円近くかかったと計算されているから、ベゾス1人の資産で、五輪が4回開けるわけだ。

この億万長者たちに「宇宙旅行に熱心なのもいいけど、あなたのお金で五輪を開催しましょう。現代のクーベルタン男爵になれますよ」と言えば、1兆円ぐらいポンと出す人はいるだろう。ジェフ・ベゾス級のお金持ちと言わなくても、世界には巨額の資産を持つ富裕層はごまんといる。

種目ごとに大口献金者の名前をつけて「ゲイツ記念砲丸投げ」などとやっても面白い。ただし、特定のお金持ちに出資を集中させるとNBCと同じことになるから、基幹ファンドを立ち上げ、半分ぐらいはクラウドファンディングで世界中から資金を集めるといいだろう。

クラウドファンディングなら、テレビの広告収入に頼らないモデルだから、競技中継もテレビだけでなくネット配信も拡大される。スマホでオリンピックを観戦するのが当たり前になるだろう。

1都市(1国)での五輪開催を見直せ

トライアスロンやマラソンスイミングなどは、醤油色をした海のお台場の同じコースを何周も回って恥をさらした。きれいな海がお台場のほかにいくらでもあるのに。

1都市(1国)での開催も見直したほうがいい。1896年にはじまった近代オリンピックは、第1回がアテネ、第2回がパリ、第3回がセントルイスと4年ごとに都市を移して開催した。ギリシャ、フランス、米国という国家単位ではなく都市単位なのは、アテネが都市国家だったからだ。

今回の東京五輪では33競技、339種目があった。中にはその都市やその国で条件が合わない競技も出てくるだろう。

サーフィンもその1つだ。今回は台風が接近したおかげで、たまたま会場である千葉の釣ヶ崎海岸でも比較的いい波が来た。しかし、世界には“サーフィンの聖地”と呼ばれる海がいくつもある。バリ島、ハワイの東海岸、オーストラリアのゴールドコースト、カリフォルニアなどは有名だし、スペイン、ポルトガル、南ア連邦にもいいところがある。選手たちはそういう海で普段練習し、競技をしているのだ。

無理に1つの都市や1つの国にすべての競技を集めるのではなく、その競技の最適地に分散させれば、開催地の負担は小さくなる。次のパリ五輪は、南太平洋に位置する仏領ポリネシアのタヒチでサーフィンを開催する予定だから、その考え方に近い。

テレビ局とスポンサーに依存することなく、クラウドファンディングで世界中の観客から資金を集め、その観客が満足するスポーツイベントをネットでも配信する。開催地は競技ごとに複数の都市に分散し、選手たちは最適な環境でパフォーマンスを競い合う。今回の東京五輪の教訓は、それぐらい大鉈を振るうオリンピック改革が必要だ、ということだ。

IOCの改革は待ったなしだが、キーワードはクラウドファンディングだ。それは“さらばNBC、さらばぼったくり男爵”ということでもある。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年9月17日を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。