大前研一メソッド 2022年10月18日

金融市場が混乱。 英トラス首相は“経済音痴”?

the Prime Minister of the United Kingdom

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

英国経済が迷走しています。英国のハント財務相は2022年10月17日、トラス政権が打ち出したばかりの年450億ポンド(約7.5兆円)の「大規模減税策のほぼ全てを撤回する」と表明しました。減税の財源が不透明だとして国債が売られるなど、金融市場混乱の原因となっていました。

トラス政権は同年9月に発足したばかりですが、同年10月14日には首相の右腕だったクワーテング財務相を解任しました。金融市場の混乱は収まるのでしょうか。BBT大学院・大前研一学長に聞きました。

トラス政権は経済政策で発足直後から迷走

英国の経済政策が迷走している。2022年9月23日に打ち出したばかりの大型減税を柱とする政策が金融市場の大混乱を招いたとして、同年10月3日、経済対策の目玉の一つ、所得税の最高税率引き下げを撤回した。わずか10日間で撤回に追い込まれたわけである。

同経済政策は、金融業界の投資や雇用を英国に集めるため、2023年4月に所得税の最高税率を45%から40%に引き下げるほか、大企業を対象に引き上げる予定だった法人税率を現在の19%のまま維持するというものである。

同経済政策が財政悪化やインフレ加速の懸念を生んだため、9月26日の外国為替市場で英国の通貨ポンドや英国国債への売りが加速し、ポンドは対ドルで5%以上下落し、一時は1ポンド=1.035ドルに下落して、37年ぶりに安値を更新した。

9月28日には格付け会社ムーディーズが財源の裏付けのない減税について、財政赤字の拡大と金利の上昇を引き起こし、同国に対する投資家の信頼を脅かす「クレジットネガティブ」になる恐れがあるとの見解を発表した。

英国の中央銀行であるイングランド銀行も市場の安定化に向け、650億ポンド(およそ10兆円)の長期国債の緊急買い入れを実施した。

スキャンダルにまみれたボリス・ジョンソン前首相の後釜となったリズ・トラス新首相は、経済のことをまったく理解していない。減税によって、英国の歳入は減少する。その財源不足を補うために、英国債の発行急増は不可避である。結果、財政状況は悪化し、世界の投資家はポンド、英国債、英国株を一気に手放すことになったわけだ。党首選で最後まで争ったスナク前財務相は金融の専門家だが、彼を閣内に入れなかったことも大きな問題である。

金融市場が混乱したことを受け、与党・保守党の支持率は急落している。調査会社ユーガブの世論調査では、保守党の支持率は21%。一方、最大野党の労働党は54%だった。

2016年6月の国民投票を受け、英国が2020年1月にEUを離脱したとき、私は1ポンド=1ドルのパリティ(等価)に近づくのではないかと思っていた。そのときは持ちこたえたにもかかわらず、トラス新政権になった途端、この体たらくである。

英国発の金融市場混乱が、世界各国に連鎖

この英国発の金融市場の混乱は、世界各国に連鎖を招いた。いま世界の経済は非常に微妙な状況になっている。

2022年9月30日の米国ニューヨーク株式市場のダウ平均株価(30種)の終値は、前日比約500ドル安の2万8725.51ドルと年初来安値を記録した。2万9000ドルを割り込むのは約2年ぶりのことである。インフレ圧力が弱まらず、米連邦準備理事会(FRB)の利上げ継続が見込まれることから、住宅新規着工が停滞し、景気後退懸念が一段と強まっている。

中国も不動産価格が下落する可能性がある。

どこの国もみんなイライラしている。そんな中、英国の経済危機が世界恐慌の新たな火種に浮上してきた。

総選挙で第1党になったイタリアの同胞(FDI)のメローニ党首は同国初の女性首相になる見通しだが、この右派政権のバラ撒き財政政策によって、10年物国債利回りが4.927%の年初来高値をつけた。英国の経済政策の迷走がイタリアに連鎖反応し、これが世界恐慌につながるかもしれない。

英国は世界恐慌のトリガーを引くようなことをしないでほしい。しばらくは愚かなことをしないでほしい。世界は経済オンチのトラス(Truss)氏に対し、「名前の最後の『s』を一つ取って『t』をつけて」と願っている。世界の「トラスト(trust)」(信用、信頼)を得てほしい。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』2022年10月8日 『大前研一ライブ』2022年10月16日放送 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。