大前研一メソッド 2021年11月4日

イーロン・マスクは現代のトーマス・エジソンだ

「イーロン・マスクは現代のトーマス・エジソン」だとBBT大学院・大前研一学長は言います。エジソンが白熱電球の長寿命化、蓄音機、映写機など1300もの発明を残したように、マスクはEV、宇宙のほかにも、オンライン決済(ペイパル)、太陽光発電(ソーラーシティ)、高速輸送システム(ハイパーループ)、脳に埋め込むコンピュータ・インターフェース(ニューラリンク)など多様な事業を手がけています。優れたエンジニアである彼は、何か問題を見つけると、エジソンのように創意工夫で解決するタイプです。

大前研一(BB大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

問題を発見し、独自の解決策を出す

マスクは常にモノの形で答えを出す。まったく新しいものを考えて商売にすれば、儲かることを20代で経験したからである。しかし常に利益を志向するというわけではなく、既存の問題の解決にとにかく取り組む。何か問題を発見すると、独自の解決策を出す性格だ。

マスクは常にモノの形で答えを出す。トーマス・エジソンが当時の社会で不便な点を見つけ、独自の発明で解決していったのに似ている。

2004年、テスラにマスクが出資して会長になったのは、EVが気候変動問題の解決になるからである。ただ彼の発想は、単に内燃機関をモーターに替えるだけではない。必ず他人と違うことを考える。最大の点は、新しいクルマは動力が心臓部でなく、コンピュータだと考えたことだ。

スマホと同じように、OTA(Over the Air:無線通信)でEVとつながり、車載コンピュータのOSを遠隔で更新できるようにした。


2021年10月19日号
で解説したとおり、自動運転レベル5の実現には、膨大なデータ量が必要になる。

テスラの場合、EV本体からテスラのサーバーに走行データを送信しており、画期的である。運転者は、テスラに雇われたテストパイロットのようなもので、リアルな走行データが世界中から収集され蓄積されている。

テスラは後発参入であり製造業の経験が短いから、初の量産型のモデル3などの立ち上げに苦労していた。しかし、優れた技術開発や実績を積み上げ、2020年7月には同社の株式時価総額がトヨタを超えて自動車メーカーで世界一となった。

工場は米国に3つ(建設中を含む)、上海郊外に年間50万台規模を製造できるギガファクトリーがある。ドイツのベルリン近郊ブランデンブルクにも、カーボンニュートラル(温室効果ガスの純排出量ゼロ)を強力に推し進める欧州市場の拠点となるギガファクトリーを建設中だ。

イーロン・マスクは優れた経営者に違いないが、週末を一緒に過ごしたい人格者とは思えず、奇行も目立つ。

2018年にタイで起きたサッカーチームの少年たちが大雨の水で洞窟に閉じ込められた事故での救出劇では、マスクが考案したミニ潜水艦が採用されず、実際に救助にあたった英国人ダイバーをツイッターで「小児性愛者」と罵倒して非難を浴びた。

また、2018年4月1日にツイッターで「テスラは経営破綻した」と投稿し、株価を下落させた。「テスラの株価が高すぎる」と皆が怖がっていた時期で、エープリルフールとはいえ、「やりすぎ」だと非難された。

とはいえ、テスラの時価総額は、今や140兆円ほどで、トヨタは約33兆円(2021年11月4日調べ)。生産台数50万台のテスラが、1000万台近いトヨタの4倍強の時価総額なのだ。

テスラ&スペースXが“大化け”する期待

イーロン・マスクは言ったことを実行する人間だと評価されていることも理由の1つだが、テスラへの期待はほかにもある。まず、EV関連の特許を580も取得していることだ。カーボンニュートラルの流れで、EUなどでこれからEV化が本格化すれば他社への影響は大きい。

さらに、EV化で懸念されるのが世界的なリチウム不足だ。バッテリーの材料となるリチウムは希少資源で、都市鉱山からのリサイクルでは、せいぜい4分の1程度しか回収できない。一方で、テスラの特許には、EVに搭載したリチウムイオン電池をほぼそのままリサイクルできる技術がある。

しかもテスラは市場で調達した資金を使って、世界中のリチウムを買い占めている。EVで先行するテスラの優位性は明白だ。

マスクは宇宙分野でも、スペースXで独自のアイデアを発揮している。ロケットの打ち上げコストを下げるため、使い捨てされてきたロケットの第1段部分を再使用できるようにしたのだ。大型ロケットの打ち上げは100億円が相場として、スペースXの「ファルコン9」は60億円台と大価格破壊を実現した。

ロケット第1段は、打ち上げ後に戻ってきて、海に浮かべたドローン船に逆噴射で着陸する。当初は爆発して失敗したこともあったが、実験を繰り返して成功させた。エジソンが白熱電球のフィラメントを開発していたとき、耐久性に強い日本の竹にたどり着くまで数千種類の素材で実験を繰り返したのと同じだ。

アイデアを発想し、実現し、事業化する力を持つマスクは、現代の頂点に立つエンジニアだ。

イーロン・マスクは、EVや宇宙事業以外にも、地下トンネルを使った新しい交通システムにも挑戦している。「ループ」と呼ばれる計画で、自動運転のEVがトンネル内を時速240㎞で疾走する。ワシントンD.C.とボルティモアを結ぶ約56㎞を15分程度で移動できる計算だ。

マスクがもともと考えていた「ハイパーループ」の構想は、真空にしたトンネル内を時速1100kmほどで旅客を輸送するというものだ。クルマで6時間はかかるロサンゼルスからサンフランシスコまで約30分で移動できるという。地球の重力で落下するように高速で進み、目的地で地上近くまで再浮上する。真空状態で空気抵抗がなければ可能だとマスクは考えている。

やや眉唾な話ではあるが、「マスクなら実現するかもしれない」という期待はある。

テスラが時価総額だけでなく販売台数で世界一の自動車会社になるには、マスクの代では難しいだろう。GMにしてもトヨタにしても、世界一になるまでに3世代、4世代かかっている。GEが花開いたのも、創業者のエジソンが死んで半世紀ほど経ってからだった。イーロン・マスクはまだ50歳と若いが、後継者を育てることも、彼の重要な仕事になってくるだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年11月12日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。