大前研一メソッド 2026年8月18日

外国人差別を招く「密告制度」の危険性

The dangers of a snitch system that can lead to discrimination against foreignersこの論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<「茨城県が何を考えているか」ではなく、「同じ発想を先に実行した国・社会で何が起きたか」を見る。>

・目の前の問題をその場で解こうとせず、世界や歴史の先行事例を調べて、「その政策を実施したら何が起こるか」を先読みする。
・「通報報奨金制度」の例なら、制度そのものを評価するのではなく、「同じ発想を先に実行した国・社会で何が起きたか」を見る。

茨城県は外国人の不法就労対策として「通報報奨金制度」を新たに創設し、2026年5月から導入しました。いわば「密告制度」ともいえる仕組みがスタートすれば、外国人に対する差別と偏見が助長され、日本はますます世界から取り残されると、BBT大学院・大前研一学長は警鐘を鳴らします。

【資料】不法就労に関する情報の通報について

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米国では移民だけでなく市民が射殺される事件も

茨城県で問題視されているのは農業での不法就労だ。首都圏という大消費地に近い地の利もあって、茨城県は農業産出額全国3位を誇る。一方、人手不足は深刻で、それを不法就労の外国人が補っている構図は米国と同じだ。2024年に入管法違反で退去強制手続等を執った外国人のうち不法就労者は全国で1万4453人いたが、都道府県別では茨城県が3452人で3年連続のトップ。

大井川和彦知事は2025年12月の「外国人ルール等へのルール遵守対策プロジェクトチーム」初会合で、「一部の外国人によるルール違反が県民を不安に陥れている」と趣旨を説明した。通報報奨金制度はこのプロジェクトで検討されたもので、報奨金は1件1万円。

外国人差別につながるという批判を受けて、知事は記者会見で「真面目にやっていただいている外国人労働者まで不安に陥れるような身も蓋もないような話には絶対になりません。ならないよう設計しています」と反論した。具体的には、通報の対象は不法就労させている事業者であり、外国人個人の情報は受け取らないとしている。

しかし、知事の認識は甘い。通報の対象が何であれ、第三者には不法就労の外国人と正規の資格で働く外国人の見分けはつかない。見分けがつかなければ、市民は正規の資格で働く外国人も疑いの眼差しで見てしまう。

正規の資格なのだから堂々としていればいいというのも間違いだ。トランプ大統領は不法移民の取り締まり強化を打ち出した。ICE(移民・関税執行局)の職員はもともと1万人だったが、2025年の1年間で2万2000人に倍増。背景には、本来6ヵ月を要する職員の訓練をわずか7~8週間に短縮して現場に投入したことがある。結果、権力をふるいたいだけの未熟な職員が暴走を始め、合法の移民を拘束するケースが相次いでいるのだ。

極めつきは2026年1月にミネソタ州ミネアポリスで起きた射殺事件である。7日には女性がICEに、24日には男性が国境警備隊に射殺されたが、ともに不法どころか移民でもない米国生まれの米国市民だった。

密告が制度化した有名な例は中国の「文化大革命」だ。毛沢東思想に反する人を告発する制度では、家族まで密告する事例が相次いだ。

取り締まりの口実を与えると、人は簡単に暴走してしまう。米国の現在の有り様を見れば、茨城県も「ミニ・トランプ」だらけになり、相互監視の恐怖から地域社会が機能不全に陥ることは目に見えている。私の家内は日本に帰化した米国人だが「滞在免許」の携帯を義務づけられていたころはよく警察に止められて「免許拝見」とやられたものだ。米国にいる日本人も同じような目に遭っている。

移民が母国に戻って両国の産業をつなぐ

米国を反面教師として学ぶべきことはまだある。不法移民の取り締まり強化により、主に南部の州で建設や農業、工場などの産業が成り立たなくなってきたのだ。これらの産業の雇用主はどちらかといえばMAGA(Make America Great Again)が多く、関税政策で産業を取り戻すというトランプ大統領の主張を支持していた。しかし、保護主義で仕事が増えたとしても、不法移民の取り締まりで労働力が足りず、供給できない状況に陥っている。

地域経済への影響も大きい。全労働者のうち約8%が不法就労というカリフォルニア州は、負の影響を受ける州の一つだ。ベイエリア評議会経済研究所の報告書によると、不法就労者の賃金収入の経済効果は同州全体のGDPの約9%で、その労働力を失うと農業の場合GDPが約14%も減少するという。GDPが減れば税収も減り、行政サービスも維持できなくなるおそれがある。

農業を主力産業とする茨城県がカリフォルニア州の後を追うなら、困るのは真面目に働いている県民である。まさに自殺行為だ。産業や行政サービスの維持を考えると、積極的な移民政策が必要である。

1960年代にドイツはトルコから大量の移民をガストアルバイター(ゲスト労働者)として受け入れた。当初はやはり軋轢が生じた。世界中どこでもそうだが、移民はお互いを支え合うために同じ地域に住む。生活習慣や文化の違う集団が暮らせば、既存の住民にはストレスがかかる。

しかし、ガストアルバイターをいじめて追い返した結果、ゴミを収集してくれる人もいなければ、建物を建ててくれるとび職もいなくなった。多少の軋轢はあっても暮らしを維持するには移民に頼るほかないと既存住民も気づいて、徐々に許容するようになった。

第二世代、第三世代になると、移民は単に産業や行政サービスを維持する存在ではなく、それらをリードする存在になっていく。親が苦労する姿を見て自ら勉学に励んで大学に進学し、政治家や学者、経営者になる二世、三世が出現。新型コロナウイルスワクチンを開発したビオンテックの創業者夫妻は、ともにトルコ系移民の二世だった。

ドイツ国内のリーダー層を輩出するようになっただけではない。世界的なアパレルブランドのヒューゴ・ボスは、トルコに巨大な工場を持つ。見学に行ったら、ドイツ系社員は一人だけ。ドイツ帰りのトルコ人が大勢働き、工場内もドイツ語でやりとりしていた。ドイツでトルコ系移民が定着すると、次はルーツの国に戻ってドイツで学んだことを活かして活躍する逆輸入的な移民が現れ、両国の産業に寄与していくようになったのだ。

日本でそれをうまくやった企業が冷凍食品の加ト吉(現テーブルマーク)だった。同社は香川県が本社で、四国の大学から中国人留学生を正社員として採用。しばらく育成したら、山東省にある中国工場に幹部として送り込んだ。中国の習慣をよく知っている中国人社員は現地のマネジメントに長けている。加ト吉はこの戦略で成長した。

後に同社は不正会計が発覚して、2008年にJTの完全子会社になった。経営体制が変わると現地も影響を受けかねない。私はJTの社長に「日本企業の海外展開のお手本の一つだ。中国人社員を大切にしてくれ」と電話をかけたが、JTの社長の目は節穴ではなかった。「よくわかっています。安心してください」と返事が返ってきた。

外国人労働者を積極的に受け入れ、いいところを学んでもらったうえで母国に戻ってもらえば、両国の産業をつなぐ架け橋になりうる。非寛容な移民政策は、この橋を壊して回るようなもの。未来への投資という意味でも、外国人労働者の受け入れは必要だ。

フィリピン人ナニーは日本をスルーしてカナダへ

日本に足りないのは規制緩和と統合政策だ。日本の人口減少を踏まえると、日本は毎年約90万人の外国人を受け入れないと国力を維持できない。しかし、2025年末で日本在住の外国人は約413万人にとどまっている。

もちろんどのような外国人でも受け入れるべきだとは思わない。犯罪者や素行不良の外国人は帰国してもらうことも必要だろう。ただ、不法就労は入管法違反という行政法上の不法行為(特別刑法としての刑事罰対象)であっても、殺人や窃盗のような一般刑法犯を犯したわけではない。門戸を開いて正規で長く働いてもらえるようにしたほうが税収や社会保険料負担の面でも日本は助かるのだから、規制緩和で正規化し不法就労を減らすべきだ。

この点で日本は出遅れている。欧米は各家庭がナニーと呼ばれる外国人ベビーシッターを雇って子どもの面倒を見てもらう。ナニーのおかげで女性の社会進出が進むし、子どもも幼いころからナニーと接するため英語やスペイン語を自然に身につける。国策として人材輸出をしているフィリピン人ナニーは人気で、世界中で引く手あまただ。

ところが、日本は2014年に国家戦略特区が導入されるまで外国人による家事代行は禁止。また、導入後も在留期間は最大3年と短く、フィリピン人ナニーにとっては魅力に乏しかった。2020年に5年に延長されたが、時すでに遅し。フィリピン人ナニーは給料の安い日本をスルーしてカナダやドバイに行く。完全に後手に回っているのが実態だ。

社会に溶け込んでもらうための統合政策も不十分である。ドイツでは国が難民に対して、言語や社会的ルールを習得する手厚いプログラムを提供している。一方、日本には公的な支援がほとんどない。日本語や社会的ルールがわからなければ、社会に馴染むことは難しい。また、家族の帯同が認められている在留資格は限られている。

幸か不幸か、日本は少子化で学校には空き教室が増えている。また、今後はAI活用も加わって教師が大量に余っていく。そのリソースを使って外国人労働者やその家族に日本語や社会のルールを教えれば、地域社会との軋轢はずっと少なくなる。

茨城県の通報報奨金制度は、日本に本来必要な移民政策からかけ離れたものだ。行政は、外国人労働者に安心して来てもらうために知恵を絞るべきだ。逆行する政策は即刻見直してもらいたい。

※この記事は、『プレジデント』誌 2026年4月17日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。