今回は『社会インフラ維持管理IT市場』を取り上げてご紹介します。
道路、下水道、河川、港湾といった社会インフラは、経済活動の土台である一方、整備後の時間経過とともに「作る時代」から「守る時代」へと重心が移っています。とりわけ日本では、高度成長期に集中的に整備された施設群が一斉に高経年化しつつあり、事故リスクの抑制、財政負担の平準化、技術者不足への対応が同時に問われています。実際、国土交通省は、予防保全を前提としても維持管理・更新費は2018年度の5.2兆円から2048年度には最大6.5兆円規模に達する見通しを示しています。
こうした構造変化の中で注目されるのが、点検・監視・分析・作業支援を担うIT投資です。限られた財源と人員の中で、いかにして安全な社会インフラを維持していくのか。こうした背景から、ドローンやAI(人工知能)、IoTセンサー、3Dデータを活用したBIM/CIMといったデジタル技術を駆使し、インフラメンテナンスを効率化・高度化する動きが急速に活発化しています。インフラの維持管理は、単なるコストセンターとしての役割から、テクノロジーの導入によって生産性を劇的に向上させるべき戦略的なビジネス領域へと変貌を遂げようとしています。
では、具体的に日本のインフラ維持管理に関わるコストは今後どのように推移し、それに伴ってITおよびデジタル市場はどのような成長曲線を描くのでしょうか。実際に数字を見て確認したいと思います。

まず、インフラメンテナンス・維持管理費用の全体像を見てみます。2018年の5.2兆円が2023年に6.0兆円、2028年に6.4兆円、2038年に6.6兆円、2048年でも6.5兆円と、高止まりに近い増加軌道を描いています。ピークは2038年の6.6兆円です。添付データを分野別にみると、最大の負担領域は一貫して道路で、2018年1.9兆円から2038年2.7兆円へ拡大した後、2048年でも2.2兆円と高水準を維持します。下水道も0.8兆円から1.3兆円へ上昇し、その後も同水準で推移する構図です。河川等は0.6兆円から0.9兆円へ緩やかに増え、港湾は0.3兆円前後で横ばいです。つまり、費用増の中核は道路と下水道であり、ここに老朽化対応の主戦場があると読み取れます。
次に矢野経済研究所の調査による「社会インフラIT市場規模」の推移に目を向けてみます。同市場は、2018年の6,340億円から2021年には6,095億円まで一時的に縮小したものの、その後は回復から微増傾向にあります。2024年には6,405億円、2025年には6,675億円、そして2027年には6,725億円に達すると予測されており、総じて堅調な推移を示しています。しかしながら、インフラ維持管理費全体の膨張ペースやその規模感と比較すると、社会インフラ向けの従来型IT市場の成長は、年間数パーセント程度の比較的緩やかなものにとどまっていると考えられます。
さらに、富士経済がまとめた「インフラ維持管理の次世代技術・システム関連市場」の推移を見てみます。2020年度400億円が2035年度2,773億円となり、年平均成長率は約13.8%に相当します。分野別では道路が205億円から1869億円へ最も大きく伸び、鉄道は80億円から280億円、治水は9億円から58億円、その他は106億円から566億円です。特に道路の伸びが突出しているのは、橋梁、舗装、トンネルなど対象資産が広く、点検頻度も高く、自治体・道路管理者の裾野が大きいためでしょう。
最近では、日立が道路・橋梁・水道・電力向けの保守DX領域を「管理・計画」「監視・検知」「分析・診断」「保守・作業支援」「防御・統制」の5カテゴリに体系化し、AIやドローンを組み合わせた提案を前面に出し始めています。市場が単なる機器導入ではなく、運用モデル変革へ移っていることを示す動きです。
こうしてみると、社会インフラ維持管理IT市場の本質は、「巨大な維持費市場」そのものではなく、「維持費の増加を吸収するための知能化市場」にあります。全体の社会インフラIT市場は年率1%前後の緩やかな拡大に見えても、次世代技術市場は二桁成長です。これは、従来型の個別システム更新よりも、点検の自動化、診断の高度化、現場データの統合、予防保全への移行を支える領域に需要が集中していくことを意味します。
ビジネス視点では、単品機器や受託開発よりも、「現場データを継続的に取り込み、意思決定に変える仕組み」を握る企業が優位に立つということが分かります。政策面では、道路・下水道のような高負担分野からDXを重点実装するのが合理的であることが読み取れます。事業機会の中心は「保守コストそのもの」ではなく、「保守を知能化し、平準化する仕組み」にあると言えそうです。
資料:
・国土交通省所管分野における社会資本の将来の維持管理・更新費の推計
・矢野経済研究所プレスリリース
・富士経済プレスリリース