BBTインサイト 2019年7月25日

AIが変える広告業界の今と未来〈 第2回 〉 AI活用で未来の広告業界にイノベーションは起こせるか?



講師: 井上 智洋(駒澤大学経済学部 准教授)
ゲスト:日塔 史(株式会社電通ライブ 第1クリエーティブルーム チーフ・プランナー)


印刷技術から雑誌や新聞広告が生まれ、インターネットの汎用化とともにネット広告が躍進してきたように、歴史的にもテクノロジーと関係が深い広告業界。AI(人工知能)が人間の知能を超えるシンギュラリティの到来が言われている中、広告業界はAIをどのように活用してイノベーションを起こしていくのでしょうか。

第1回に続いて今回も、電通でAIを中心とする加速するテクノロジーを活用したソリューション開発に取り組む日塔史氏をゲストにお迎えしています。前回は、広告業界の現状とネット広告の覇者であるIT企業について見てきました。第2回の今回は、進化するテクノロジーがどのように未来の広告業界を変えていくのかを探っていきたいと思います。

1.アドテックで競合と一緒に築くよりよい未来

井上:前回はGoogleとFacebookの躍進など、テクノロジーによって大きく変わりつつある広告業界についてお伺いしました。テクノロジーと言えば、最近「アドテック」という言葉をよく聞きます。金融のフィンテックや教育のエドテックのように、テクノロジーとの融合で広告に革新を起こそうという取り組みですが、日塔さんはアドテックについてどうお考えでしょうか。

日塔:アドテックの歴史をひも解くと、実は広告はかなり早い時期からAIが入ってきた業界なのです。その背景には、リーマンショックで金融トレーダーたちが広告業界に流れてきたことがあります。アドテックで言いますと、ホームページを見た時に興味がある広告が表示されることがありませんか。実は、その広告枠は皆さんがそのページをクリックした瞬間にリアルタイムで入札が行われているのです。

井上:ホームページをクリックするあの短い間にですか。

日塔:クリックした時には広告は表示されておらず少し遅れて表示されるのですが、見た目はほぼ同時です。これらの広告の買い付けから振り分けまで、すべてのプロセスは自動化されています。例えば私や井上先生がホームページを開くと、Cookieというパソコン上に残った足跡から「この人は40代男性ではないか」と類推され、入札が行われ、40代男性に合った広告が配信されるのです。テクノロジーとしては、皆さんの想像よりも発達しているかもしれないですね。

井上:なるほど。前回、ネット広告の世界は戦国時代という話になりました。

日塔:Google、Facebookがすご過ぎるぞと。ただ、我々はユーザーでもありますし、彼らは社会的な役割も果たしています。競合する部分はありますが、必ずしも敵視する必要はないと思っています。より良い未来というものは一緒に築いていったほうがいいですから。

井上:Googleも同じようなことを言っています。トヨタのライバルはGoogleなんじゃないかと言われていますが、そうではなく協力していきたいと。

日塔:彼らは、純粋によりよい未来をつくっていきたいという意向が強いのだと思います。シンギュラリティみたいな理想像に向かってまい進している印象がありますね。

井上:それこそ前回話題になったシンギュラリティを提唱している一番の有名人、レイ・カーツワイルさんは今Googleにいますし、「シンギュラリティに向かって突っ走ろうぜ」みたいな感じですね。

2.AI革命は破壊的イノベーションを起こす

日塔:イノベーションについて考える際に面白い話があります。下記のグラフは、ハーバードビジネススクールの教授であるクレイトン・クリステンセンの有名な著作『イノベーションのジレンマ』を表したものです。これを見ると、ユーザーの要求水準は時間とともに少しずつ上がっていきますが、テクノロジーがその水準を追い抜いてしまうのがわかります。例えば、テレビは薄型化や4Kなど技術進化が進んでいますが、一方でパソコンがあればテレビはいらないという風潮になっているのも事実です。機能は劣っても、代替には十分だと。



井上:つまり、テレビにこだわってどんどんハイスペックにしているような企業は時代遅れになっちゃうということですね。

日塔:もちろんテレビに関してはある程度の需要は残るでしょうが、メインプレーヤーが置き換わってしまうのです。そのパソコンも最近、スマホに置き換わっています。井上先生のゼミでも、パソコンを持っていなくてスマホでレポートを書いている生徒さんいませんか。

井上:います。普段はスマホでレポートを書いて、印刷する時だけ大学のパソコンルームに来ています。

日塔:それも一種の破壊的イノベーションで、今はパソコンやスマホがメインですが、より便利なものが生まれたらまた破壊的イノベーションが起きるのです。それをAI革命と呼んでいます。

井上:AI革命ですか。

日塔:AIとはつまるところ、ジェネラル・パーパス・テクノロジー、汎用目的技術であると。18世紀の蒸気に始まり、電気、ITがこれまで産業革命を起こしてきました。今後の革命はAI技術、なかでも私が注目しているCPSという概念がカギになると考えています。

井上:CPSとは聞き慣れない言葉ですが、何でしょうか。

日塔:サイバー・フィジカル・システムの略です。下の図を見てください。インターネットのような仮想空間と、我々が今住んでいるような物理空間があります。物理空間からセンサー、つまり数値化されたデータが仮想空間に送られます。IoTと呼ばれているものですね。そのセンサーは人間ではさばけないほどの量なので、AIが解析するのです。そして解析したものを具現化して、物理空間に戻すという仕組みです。



井上:IoT時代になると、センサーはスマホだけではないですよね。

日塔:はい。実は世の中、既にセンサーだらけなんです。例えば、監視カメラのようなものは至る所にありますよね。

井上:そうするとフィジカルな情報をサイバー空間で分析して、それを広告として提示することも考えられますね。例えば、画像認識もAI技術ですがそれを活用すれば、街を歩く人の顔やファッションなどから性別や年齢、もしかしたら趣味嗜好まで判別できるかもしれません。そして、その人にふさわしいデジタルサイネージをその場で出すようなことも狙っているのでしょうか。

日塔:まさにそうです。ただ、お店に入ってカメラで性別や年齢を診断されて、スマホにクーポンを送られるとなんだか気持ち悪いですよね。今、このようなマーケティングに関してのルール整備も進めているところです。

3.スマホは究極のデバイスか?時代は「ヒアラブル」へ

井上:広告業界の未来を考えるうえでは、コミュニケーションデバイスもカギになりそうです。今はスマホが主流ですが、スマホが究極のデバイスでこれ以上の進歩はないのでしょうか。

日塔:今、ちょうど研究しているところです。コミュニケーションデバイスをさかのぼると、映画館で流れる広告がありました。そこにテレビが現れ、パソコンが現れ、今、スマホがメインです。他にもメガネや時計、ヘッドマウントディスプレイもありうるかもしれません。



井上:確かに今出てきていますね。スマートウオッチとか。

日塔:まだスマホを上回るものが生まれていないから100年後もスマホを使っているのではないかと思いがちですが、必ず次のものが現れるのです。仮説が3つあるのですが、ひとつめは「デバイスは小さく、身体の内部に入るほどよい」です。シンギュラリティ的な文脈で言うと、レイ・カーツワイルさんは将来的にはロボットかナノマシンになって、身体の中に入ると言っています。ふたつめは「映像文化から文字文化へ。そして音声文化へ」です。まだ爆破的普及には至っていませんが、今スマートスピーカーがきていますよね。そして最後は「音声というものは、感覚の中でも情動的、本能的」です。人の心を動かすのに音声は非常に重要だと思っています。これらの仮説を総合すると、「ヒアラブル」になるのですが、ヒアラブルという言葉はご存じでしょうか。

井上:まだ、あんまり広がってないですね。どういうことですか。

日塔:聞くという意味のヒアやヘッドホンとウエアラブルを組み合わせた造語です。センサー搭載のワイヤレスイヤホンが急速に増えてきましたよね。例えば、歩きスマホは非常に危険なので、歩いている時や運転中に音声でやりとりをするなど、スマホと一緒に使うイメージです。

井上:今後はヒアラブルの時代になっていくかもしれないと。デバイスの小型化の流れでいくと、スマホはいらなくなりイヤホンだけになるのでしょうか。

日塔:なくなることはないと思います。映画もテレビもなくなっていないので。

井上:それはそうですが、イヤホン単体で多くの仕事をしてくれるようになるのでしょうか。

日塔:電波を拾ったりするにはコンピューターパワーが足りないので、スマホがそのまま小さくなって耳に入るまではいかないでしょうね。また、音声案内でも目で確かめたいという欲望は残るはずなので、立ち止まってスマホを開くというのは続くでしょう。

ただ、音声が発達することによって、視覚も手も奪われないようなコミュニケーションスタイルが生まれてくる可能性はあり、そこにチャンスがあるのではないかと思っています。

井上:私は英会話が苦手なので、通訳を耳元でやってほしいです。

日塔:日本では発売されていないのですが、Googleは既にPixel Budsというイヤホンを出しています。やっぱりヒアラブルもやっているんですよ、Googleは。スマホに連動したイヤホンにGoogle翻訳を入れているのですが、音声入力や音声出力ができて、まるでドラえもんの「ほんやくコンニャク」じゃないかと。先進テクノロジー企業は、ヒアラブル領域でもユーザーの利便性を高めようとしています。

井上:なるほど。最後にAIが変える広告業界の今と未来についてまとめたいと思います。実を言うと、当初はAIと広告がうまく結び付くのだろうかと思っていました。しかし、お話をお伺いしてAIの研究を主にやっているのはIT企業であり、彼らの主要収益源は広告であることがわかりました。つまり、AIと広告は密接に結び付いているのです。日本は巨大IT企業がないのもありネット広告の部分が弱く、AI競争では厳しい状況です。この分野において日本企業や研究者が研究開発したり、新しいサービスを立ち上げたりということが今後の日本の発展につながっていくのではないかと感じました。

日塔さん、ありがとうございました。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2018年9月18日に配信された『AIとビジネスの未来 02』を編集したものです。

講師: 井上 智洋(いのうえ ともひろ)
駒沢大学経済学部准教授。
1997年、慶應義塾大学環境情報学部卒業。IT企業勤務を経て、早稲田大学大学院経済学研究科に入学。2011年に博士号(経済学)取得。早稲田大学政治経済学部助教授、駒澤大学経済学部講師を経て現職。専門はマクロ経済学。中でもAIの進化が雇用に与える影響を研究している。

  • <著書>
  • 『人工知能と経済の未来 2020年雇用大崩壊』(文春新書)
  • 『人工知能は資本主義を終焉させるか 経済的特異点と社会的特異点』(PHP新書)
  • 『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)

ゲスト: 日塔 史(にっとう ふみと)
株式会社電通ライブ第1クリエーティブルームチーフ・プランナー。株式会社電通ビジネス・ディベロップメント&アクティベーション局主任研究員。東京大学経済学部卒業後、日本経済新聞社、東京大学大学院(修士)、アニメ制作会社を経て、2006年に電通入社。エンタテイメント事業局にて映画やアニメ作品等への製作投資を担当後、デジタル・ビジネス局にて事業開発に従事。AIを中心とした加速するテクノロジーの社会実装を目的とした社内横断チーム「電通2045」を結成。現在、電通ライブにて「ヒアラブル」(聴覚の拡張デバイス)によるソリューション開発を行っている。