大前研一メソッド 2025年5月27日

「日本酒の海外展開」で解決すべき課題

Overseas Market for Japan’s Sake

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

メイド・イン・ジャパンが世界で存在感を失って久しいですが、その中で輸出産業として急成長している産品があります。日本が誇る”SAKE”です。飲んべえを自認するBBT大学院・大前研一学長に、日本酒の輸出が増えている理由と、今後の課題について聞きました。

酒好きの大前学長が注目するSAKEのポテンシャル

実は日本酒の国内市場は縮小し続けている。一方、輸出は好調である。2024年の日本酒輸出総額は434.7億円で、前年比105.8%となった。

【資料】日本酒造組合中央会 プレスリリース

輸出相手国第1位である中国の経済が冷え込んだ影響を受けて、ここ2年は踊り場だったが、2014年の輸出総額は115.1億円で、この10年で4倍近い成長を示している。2024年12月、日本酒を含めた「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界のSAKEブームにさらに弾みがつきそうである。

近年の日本酒の輸出増は、飲んべえの私も個人的にうなずけるところが大きい。この10年でレベルが上がっていることを実感しているからである。

私は趣味で全国津々浦々の蔵元を訪ね回っているが、最近の蔵元は非常に研究熱心である。たとえば貴醸酒という種類の日本酒がある。仕込み水の代わりに今年つくったお酒を使う方法で、甘味が強くて濃いお酒ができる。

製法そのものは1970年代に開発されていたが、福島県・仁井田本家は「百年貴醸酒」と名付けて100年間継続してつくることを宣言した。2015年で14年目になった。個性的な味なので好みは分かれるが、最近の日本酒業界はこうした挑戦が珍しくない。フランス料理に合わせるマリアージュの中でも出てきたことがある。

酒米の研究も進んでいる。酒米と言えば山田錦や五百万石が有名だが、各地で新しい品種が開発されている。たとえば石川県のオリジナル酒米「百万石乃白」でつくった酒はすっきりしていておいしい。香川県・丸尾本店「悦凱陣」のように、酒米の産地や種類ごとに別々に仕込んでいる蔵元もある。

ワインはブドウの品種で味が変わるが、日本酒も同じようにコメと水によって味の違いを楽しめる。同じコメでも、精米歩合によって味が変わるのも日本酒のおもしろいところである。玄米のままでは雑味が出るため精米して磨くのだが、一般的には精米歩合が低いほどすっきりと仕上がり、逆に高いほど米本来の香りがする。

磨けば磨くほどコメは小さくなるため、つくれるお酒も少なくなり、価格も上がる。私の好みは精米歩合35%のものである。

日本酒の特徴として、麹も忘れてはいけない。麹はコメの発酵に欠かせないものであり、独自の麹菌を代々受け継いでいる蔵元も多い。

ワインはテロワール(土地の自然環境)によって味がほぼ決まる。日本酒も水が大事なので土地の制約条件はあるが、酒米の品種、精米歩合、独自の麹と、蔵元のこだわりによって味は大きく変わる。別の言い方をすれば、日本酒は工夫の余地が大きいお酒だということである。その余地を使ってよりおいしいお酒をつくれないかと、研究熱心な蔵元が増えてきた。それが全体のレベルを引き上げているのである。

獺祭がSAKEブームの火付け役になれた理由

さまざまな蔵元が切磋琢磨して日本酒は年々おいしくなっているが、海外進出という観点では、山口県・旭酒造「獺祭」の貢献も大きい。

獺祭は2018年に、フランスの伝説的なシェフである、ジョエル・ロブション氏とコラボしたレストランをパリ8区にオープンするなど、早くから海外でのブランド構築に積極的だった。2023年にはニューヨークに酒蔵を建設し、現地で醸造を始めている。

獺祭の特徴は、科学的なコントロールで可能になった品質管理である。一般的に日本酒の仕込みは木製の樽が使われるが、獺祭はステンレス鋼製のタンクを使用して品質を安定させている。

科学的なつくり方に対して、伝統を重視する蔵元から批判がないわけではない。ワインでいえば、イタリア・トスカーナ州のキャンティのようなものである。ワインはオーク樽に入れて熟成させることが多いが、キャンティはステンレス鋼製のタンクでつくることが多い。安定した品質のワインを大量生産でき、値段も手ごろである。

私はここぞというときキャンティを飲むことはない。しかし、ワイン不毛の地、たとえばロシアやウクライナ、ワイン発祥の地といわれるジョージア、地中海沿岸でもギリシャのレストランに行けば、むしろキャンティがあることでホッとする。アップサイドはないが、どんな年でも一定のレベルをクリアしている。

獺祭もキャンティに似ていて、いつどこで飲んでもがっかりすることはない。日本酒を飲みなれていない海外の人に日本酒の味を覚えてもらうのにちょうどいいお酒であり、まさにSAKEブームの火付け役として適任だった。

海外で日本酒の人気が高まってはいるが、ワインなどに比べたらまだマイナーなお酒である。獺祭には、これからも先頭に立って海外市場を切り拓いてもらわなくてはいけない。それと同時に、日本酒に目覚めた上級者向けに各蔵元が個性的なお酒を提供して、愛好家を増やしていく。それが理想的な展開である。

供給サイドと需要サイドに課題

日本酒の海外展開に課題がないわけではない。供給サイドの課題と需要サイドの課題に分けて、順番にみてみたい。

(1)供給サイドの課題

よく指摘される問題の一つが、製造免許の規制である。

日本酒に限らず、お酒の製造には免許が必要である。ビールやワイン、ウイスキー、スピリッツといったお酒は、一定の条件を満たせば新規で免許を取得できる。しかし、日本酒は過当競争防止のために新規取得が認められていなかった。2021年に輸出用限定で新規取得が解禁されたが、輸出のためだけに日本酒をつくる蔵元はない。事実上、新規参入は約70年間認められていないままである。

ただ、酒蔵免許の規制は決定的な問題ではない。免許は、事業継承に悩む蔵元を買収すれば簡単に取得できる。日本酒の製造免許数のピークは1950年代の約4000件。それが2023年度には1525件と、約4割まで減少。日本酒の製造免許は買い手市場であり、実際、私のまわりには廃業寸前の蔵元を買収して参入し、賞をとるまでに復活させた知人も何人かいる。

供給サイドの課題は他にもある。まず一つはコメ不足。昨今のコメ不足とは別に、酒米の山田錦の奪い合いが起きている。酒米は足りなくなったからといってすぐにつくれるものではない。ブームに水を差さないよう早急に手を打つべきである。

もう一つ、物流網の整備も喫緊の課題である。日本酒はワインと違って「火落ち」する。火落ちとは、火落ち菌と呼ばれる乳酸菌の一種が繁殖して品質が劣化すること。通常は製造過程で加熱処理されるが、加熱処理していない生酒は火落ちしやすいし、加熱処理しているものも高温で長期に保存すれば火落ちのリスクが高まる。古酒以外の日本酒は低めの温度で保存し、早めに飲んだほうがいい。

ところが、火落ちを避けるために航空便で海外に運べば720ml1本で運賃は総額で5000円もかかる。これでは船便で運ぶワインには勝てない。現状では船便で運ばざるをえず、それを前提に物流網も整える必要がある。その間は火落ちしない焼酎なども併せて売り込むのも一つの方法であろう。

SAKEブームが今後も広がるとしたら、酒米不足と物流がネックになる。政府はM&Aで乗り切れる日本酒製造免許より、これらの課題に対して支援するべきである。

(2)需要サイドの課題

一方、需要サイドでは飲み方の提案をしたい。海外の人は、なぜか日本酒を燗で飲みたがる。しかし、日本酒は冷や(常温)や冷酒(冷蔵)のほうが味はよくわかる。海外の食通に日本酒の奥深さを知ってもらうには、冷やや冷酒を普及させたほうがいい。

鍵を握っているのは酒器である。海外の人が燗を好むのは、日本文化を感じる徳利で提供されるからかもしれない。冷やや冷酒も「片口」という酒器で提供されるが、徳利に比べると普及していない。

私は有田焼十四代今泉今右衛門のファンで、片口を注文すると、「九州は熱燗文化で、徳利しかない。これからつくるから待ってほしい」と言われ、1年後にようやく手に入れた。それと揃いの”おちょこ”はさらに半年かかった。

窯元は片口の生産にも力を入れてもらいたい。美しい酒器とセットにすることで、日本酒の魅力をより効果的に伝えることができるだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2025年5月16日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。