大前研一メソッド 2019年1月11日

2020年の米国の次期大統領選挙にトランプ氏の再選可能性はあるのか?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2019年に入り、米国の次期大統領選挙が来年の2020年に迫ってきました。

トランプ大統領は疑惑やスキャンダルのタネが尽きません。それでも、トランプ大統領の再選はあるのでしょうか?2018年に行われた中間選挙の結果を踏まえ大前研一学長に再選の可能性を聞きました。(中間選挙の結果は大統領の半期2年の政権運営に対する国民の審判と受け止められると同時に2年後の大統領選の行方を占うとも言われています)。

疑惑とスキャンダルにまみれるトランプ大統領

まず、トランプ大統領の疑惑やスキャンダルを列挙してみよう。

(1)脱税疑惑
トランプ大統領は不動産業を営んでいた両親から資産を受け継ぐ際、父親の脱税を手伝って、「一代で富を築いた」という従来の説明よりもはるかに巨額の資産、現在の価値に直して4億1300万ドルを受け取ったと報じられている。当人は「古くて退屈な話。見たこともない」と反論しているが、納税申告書の公開を拒否し続けている。

(2)女性スキャンダル
女性スキャンダルが連邦法違反につながる恐れも出てきた。16年の大統領選中にトランプ大統領と性的関係を持ったと主張する女性に口止め料を支払った問題で、トランプ大統領の元個人弁護士マイケル・コーエン氏が「候補者の指示だった」と司法取引に応じて証言、トランプ大統領の関与を認めた。

口止め料は政治献金に当たり、政治資金法が定める上限を超える額が支払われたという。事実なら選挙資金法違反だ。

(3)サウジアラビア王室との関係
先般、CIA(中央情報局)はサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏の殺害がサウジのムハンマド皇太子の命令によるものと結論づけた。ムハンマド皇太子の行状が明らかになれば、ムハンマド皇太子とトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問の蜜月関係に調査が及ぶことも考えられる。

そもそもトランプファミリーとサウジ王室は長らくビジネス関係にあって、不動産ビジネスでトラブったときにはトランプ大統領が保有していたホテルやクルーザーを買い取るなどしてサウジ王室が相当な援助をしてきた。カショギ氏殺害事件についてトランプ大統領は依然としてサウジ政府やムハンマド皇太子を擁護しているが、ファミリーとサウジの関係をほじくり返されたら「地雷」がどれだけ出てくるかわからない。

(4)ロシア疑惑
さらに政権の致命傷になりかねないのが16年の大統領選におけるロシアの干渉問題、いわゆるロシア疑惑である。ロシアとトランプ陣営に共謀関係があったのか。疑惑隠しのためにトランプ大統領が司法妨害をしたのかどうかが焦点で、モラー特別検察官による捜査は大詰めを迎えている。(2)でも言及した、トランプ大統領の元個人弁護士で側近中の側近だったコーエン氏は、ロシア疑惑についてもウソの議会証言をしたことを司法取引で認めているのだ。

民主党が過半数を握った下院に、大統領を弾劾を発議する権利

上記に挙げた(1)~(4)いずれの疑惑も調査が進展していけばトランプ大統領のimpeachment(弾劾裁判)につながる可能性がある。弾劾裁判といえば日本では裁判官が対象になるが、米国では「反逆罪、汚職その他の重罪および軽罪」の疑いがあれば大統領も弾劾裁判にかけられる。

ちなみに弾劾決議は下院の訴追に基づく。つまり民主党が過半数を握った下院に弾劾を発議する権利があるのだ。下院議員の過半数が賛成すれば弾劾裁判が決定し、上院の審理を経て、上院議員の3分の2が賛成し有罪が確定すれば、大統領は罷免となる。

過去に弾劾が成立して罷免された米大統領は一人もいない。唯一、下院で弾劾決議が可決され、上院の弾劾裁判で勝てる見込みがなくなった段階で辞任した例がある。第37代リチャード・ニクソン大統領のケースだが、発端となったウォーターゲート事件は要するに盗聴事件であって、トランプ大統領の疑惑のほうがはるかに罪状は重いと思われる。

ニクソン大統領はウォーターゲート事件の司法妨害を指示していた決定的な証拠が明らかになって辞任した。司法妨害は大統領権限の濫用とみなされて、弾劾訴追の対象となる。トランプ大統領はロシア疑惑に絡んでFBI長官や司法長官をバッサバッサと切り捨てて更迭しているが、そうした強権的な手法は大統領権限の濫用との批判が強い。

今後、民主党主導の委員会がトランプ大統領の発言や疑惑の調査に乗り出したときに、司法妨害と受け取られるような邪魔立てはできないし、今までのような口から出任せの発言やツイートもやりづらくなるだろう。

共和党からはトランプの対抗馬が出て来ない可能性が高い

2018年の中間選挙から、1年3か月後のプライマリー(大統領選予備選挙)に向けて見えてきたことがある。与党共和党に関して言えば、こちらは完全に“トランプ党”になってしまった。現職のトランプ大統領の応援がないと当選できないということで、16年大統領選挙の共和党指名争いでは互いに激しく罵り合っていたテッド・クルーズ上院議員(テキサス州)でさえトランプ大統領に応援を求めて、薄氷の勝利を収めた。

もともと共和党内には反トランプ勢力が多かったが、今回の中間選挙では背に腹は代えられないとトランプ大統領に応援を頼んでかろうじて当選した議員が多い。結果、「共和党ではなく、トランプ党になった」と言われている。

従って、今後、トランプ大統領の罷免や辞任がない限り、共和党から対抗馬は出てこない可能性が高い。仮に予備選に出てきても、再選を目指すトランプ大統領にバカにされ、ケチョンケチョンに叩かれる。それを恐れて出てこないと思う。

自分たちの投票行動が2018年の中間選挙結果に大きな影響を与えたという経験を女性や若い世代が持ったことで、選挙の構造が大きく変わった可能性がある。

(1)女性票
ニューヒロインが数多く誕生した。下院で当選した女性候補は100人に上り過去最多。内訳は共和党の13人に対して、民主党はなんと87人。民主党が奪還した議席の6割は女性候補で、民主党躍進の主役は明らかに女性だった。これは女性蔑視のトランプ大統領への反発もあっただろうし、プアホワイト(男性)を中心とするトランプ支持勢力へのカウンターとして、インテリやマイノリティーの女性が政治の世界に入ってきた側面もある。

(2)若い世代の票
若い世代が政治に関心を持ったのも今回の中間選挙の大きな特徴だった。米国国民が選挙に投票するには事前に選挙人登録が必要で、投票率が上がらない理由の一つにもなっていた。しかし今回は「携帯でも簡単にできるから登録しよう」というキャンペーンが効いて、若い世代や女性が積極的に選挙人登録して投票した。その7割が反トランプで民主党議員に投票しているのだ。

そうした観点からも仮にプライマリーまで生き延びたとしてもトランプ再選は非常に難しいと見る。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。