大前研一メソッド 2020年2月10日

米ドルと並ぶ国際決済通貨になるのはリブラか?デジタル人民元か?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2019年6月、米Facebook社はかねてより計画を進めてきた独自の仮想通貨リブラを2020年にスタートすると発表しています。一方、中国の中央銀行が、2020年内にも人民元デジタル通貨を発行する計画である旨を発表しています。世界は米ドル以外で国際決済を行うシステムを求めており、リブラやデジタル人民元が有力候補だとBBT大学院・大前研一学長は言います。

銀行口座を持たない10億人以上の人々を助けることができる

FBのCEOであるザッカーバーグ氏は「リブラは米国のイノベーションの最たる例であり、世界中の銀行口座を持たない10億人以上の人々を助けられる」とリブラを発行する意義を語った。世界には銀行口座を持っていない人が10億人以上いる。

リブラはスマートフォンで利用できて、銀行などの金融機関を経由しなくても、国境を越えて安価な金融サービスを提供する。買い物などの決済に使えるだけではなく、FBのメッセンジャー機能を使って家族や友達との間で簡単に海外や国内に送金できるようになるといわれている。

しかしながら、「マネーロンダリング(資金洗浄)に悪用される」「流通把握やプライバシー保護が難しい」といった批判や懸念が発表当初からついて回った。FRB(米連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長は米議会で「リブラはプライバシーや資金洗浄、消費者保護の面で深刻な懸念がある」と主張しているし、トランプ大統領も「リブラは信用できない」とツイッターに書き込んでいる。

2019年7月にフランスで開催されたG7(主要7カ国)の財務相・中央銀行総裁会議でもリブラ対策が大きな話題になった。いつもなら角突き合わせて何も合意できないG7なのに、ことリブラ対策については珍しく合意がまとまった。それほどリブラは警戒されている。米議会では「開発を一時停止すべきだ」とリブラの発行を阻止する動きが強まり、下院金融委員会の公聴会にザッカーバーグ氏が呼び出されたのである。

公聴会ではリブラへの疑念、安全性を懸念する意見が相次いだ。ザッカーバーグ氏は「リブラへの不安は理解している」としたうえで、発行への意欲を示しながらもこう言明した。

「これだけはハッキリさせておきたい。米国の規制当局が承認するまで、世界のどこであってもリブラの決済システムの立ち上げにフェイスブックは参加しない」

リブラ導入に大賛成の私には、この発言は残念でならない。規制当局の許可が下りるまでというのは、たとえるなら「ルイ16世が納得するまで革命は起こしません」と言っているようなものだ。国家が独占してきた通貨発行権を脅かすようなリブラを政府がやすやすと認めるはずがない。

リブラは、既存の金融システムのくびきから世界の人々を解放する金融革命

リブラが実用化されてブロックチェーンの技術を用いたデジタル預金、デジタル決済、デジタル送金ができるようになれば、スイフト(SWIFT=国際銀行間通信協会)のような特定の国に依存した銀行間の送金決済システムは必要なくなる。日本の旧式でかつ高価な全銀システム(全国銀行データ通信システム)も要らなくなる。世界中の個人と個人がスマホのアプリでつながって直接お金(リブラ)のやりとりができるようになるからだ。

クレジットの概念も否定される。クレジットカード会社が店側から3~5%程度の手数料を取るのは、決済日と支払日の時間差コストや回収(取り立て)コストなどが含まれるからで、ブロックチェーン技術で瞬時に決済や送金ができるようになると、そうしたコストはほとんどかからない。ネットの決済コストだけで済むから手数料は大幅に安くなる。たとえば中国アリババグループのオンライン決済システムである「アリペイ」は、使ったその場で引き落とされるデビット決済で、手数料は0.3%程度。それでも運営するアント・フィナンシャルは相当儲かっている。

リブラも0.3%程度の手数料で成り立つとすれば、店側は手数料が大幅に安くなり、かつ瞬時に入金されるので大喜びだ。そのときクレジットカードは20世紀の遺物に成り下がる。

リブラの登場は既存の金融システムのくびきから世界の人々を解放する金融革命だと私は思う。ザッカーバーグ氏は革命児として、そこをうまく説明して世界中の市民を味方に付けなければいけない。

世界の国際決済システムの中核を担うスイフトは、米国の影響が強すぎる

世界の国際決済システムの中核を担っている前述のスイフトが米国の強い影響下にあることも、私がリブラの導入に賛成する理由の1つだ。

国境を越えた決済や送金の大半は米ドルが使われるが、米国の制裁対象に指定された銀行や企業はスイフトのシステムが使えなくなり、米ドル建ての決済や送金ができなくなる。だからトランプ政権がイランと取引している銀行や企業に制裁を科すと言い出したときには、多くの企業や銀行が震え上がってイランから手を引いた。

米ドルが基軸通貨で、米国が国際決済システムを握っているから、トランプ大統領の身勝手に世界中が振り回される。従って世界は米ドル以外の基軸通貨、スイフト以外の国際決済システムを求めている。リブラにはその可能性が大いにある。だからこそ、トランプ大統領は「暗号資産は好きではない。通貨ではないし、価値も不安定だ」などとツイートしてリブラを潰そうとしているのだ。

リブラの手足を縛っている間に、中国「デジタル人民元」が先を越す

リブラのポテンシャルに怯えて国家(政治家)が手足を縛っていれば、ブロックチェーン技術と「デジタル人民元」を国家戦略のコアに据える中国に先を越される恐れがある。習近平の頭には共産党の最終的な勝利しかないわけで、アント・フィナンシャルと連合を組んで行き着く先は「デジタル人民元」による世界支配ということになりかねない。

従って、ザッカーバーグ氏は片手間でリブラを推し進めるのではなく、FBを去って21世紀の金融革命の旗手として自分の財産を裏付け資産のシード(種)とする、と名乗り出なければならない。そして、リブラ陣営が中国も取り込んで、人民元も含めた加重平均でリブラの価値を定義してスタートするべきだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌2020年2月14日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。