大前研一メソッド 2020年6月15日

吉村氏?小池氏? 有事に強い知事の条件を備えるのは誰か



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

新型コロナウイルスの感染対策を巡って、地方自治体のリーダーが存在感を高めています。

2020年4月、全都道府県に発令された緊急事態宣言下では、対象地域の都道府県知事にはさまざまな権限が付与されました。緊急事態宣言下の権限移譲も相まって、地方自治体のリーダーの手腕に注目が集まりました。安倍政権のコロナ対応が低評価のオンパレードなだけに、国に先んじて最前線で決断を下す自治体トップのリーダーシップにスポットライトが当たったわけです。

有事に力を発揮する首長の条件とは――。

リーダーシップ論をBBT大学院・大前研一学長に聞きました。

国に先んじて最前線で決断を下す首長が続々

2020年2月末の早い段階で北海道独自の緊急事態宣言を発出したのは鈴木直道知事である。

休業要請を解除する「大阪モデル」の発表など、大阪府の実情に寄り添った具体的な施策を次々と打ち出している吉村洋文知事は、ツイッターやメディア出演を通じて昼夜問わず情報発信し、政策判断の根拠を数字と自分の言葉で示す姿勢で評価が高まった。感染状況を通天閣や太陽の塔のライトアップの色で府民に周知するアイデアも素晴らしい。行動力があるとともに、結果を出している。

感染の疑いがあっても自宅待機を呼びかける厚生労働省のガイドラインに反対して、迅速なPCR検査と感染経路の追跡を行い、和歌山県内の感染拡大を防いだのは仁坂吉伸知事である。

鳥取県の平井伸治知事も「疑わしきはPCR検査」を掲げて、早々とドライブスルー方式やウォークイン方式のPCR検査を導入した。演劇やコンサートの無観客公演を支援するプロジェクトなど、特色ある施策を繰り出している。

東京都の小池百合子知事もさすがのメディア露出と発信力で「3密」「ロックダウン」「ステイホーム(週間)」といった標語を世の中に浸透させた。

存在感を高めているのは知事ばかりではない。国や県に先んじた独自の休業補償や家賃補助、給付金の先払いなどコロナ禍に苦しむ地元のために踏ん張っている自治体リーダーが各地にいる。幅広い事業者や医療従事者を対象に、100億円規模という破格の支援策を発表した福岡市の高島宗一郎市長もその一人だ。

政府の指示や支援に頼っている首長は、状況を前に動かせない

コロナ対応という新たなステージは、地方のリーダーたちの危機管理能力の違いを見事に浮かび上がらせた。都道府県知事の6割は中央官庁の官僚出身だが、キャリア官僚から転身した首長から有効な提言や手立てが発信されることは少ない。平時なら中央でのキャリアとパイプを頼りに地域課題に向き合っていれば務まるのかもしれない。しかし、新型コロナという有事下では全く通用しない。国の対応が後手後手にまわっているのに、国の顔色をうかがい、政府の指示や支援に頼っていては、状況を前に動かせるはずがない。

頭角を現してきた地方の若いリーダーの多くは霞が関とは無関係で、いずれも前例にとらわれない発想と決断ができる。吉村大阪府知事は弁護士だし、小池東京都知事はニュースキャスター出身、高島福岡市長は九州朝日放送の元アナウンサーである。(手腕を発揮している公務員出身の知事もいる。前述した鈴木北海道知事は東京都職員出身、仁坂和歌山県知事と平井鳥取県知事は官僚出身である)。

前例のない状況に放り込まれたとき、前例主義の役人は判断ができない傾向がある。役人や政治家とは違う世界で学んだ経験を持つ地方のリーダーにこれほどスポットライトが当たるのは、戦後はじめてのではないかと思う。それほど、平時から有事へとステージが変わったということだろう。

危機対応に強いリーダーになるには二つの必要な素養がある

未曾有のステージに立つリーダーに必要な素養は以下のように二つある。

(1)世界がどうなっているのか、他の国はどうしているのか、海外の事例を知る

コロナ対応で言えば、感染を比較的うまく抑え込んでいるのがドイツと台湾である。ドイツの感染者数は他の欧州主要国と変わらないが、死者数が圧倒的に少なく、致死率は3%台に収まっている。

ドイツの医療水準の高さと医療体制の充実ぶりもさることながら、コロナを迎撃すべく中心的役割を果たしているのがロベルト・コッホ研究所である。結核菌やコレラ菌を発見した細菌学者ロベルト・コッホが開いた研究所であり、ドイツの感染症研究の総本山である。同研究所はパンデミックのシナリオを従前に想定していて、ドイツ国内でまだ感染者が確認されていなかった1月6日の段階で、「これは大変なことになる」と感染対策に乗り出していた。ロベルト・コッホ研究所が陣頭に立ち、政府が側面支援する形で、ドイツのコロナ対策は進められている。

台湾の場合、2003年に蔓延したSARSの経験が大きい。「武漢でおかしな病気が増えている」という情報がネットに流れた2019年12月の段階から現地に出向いて情報収集および調査研究を行い、いち早く検疫強化、入国制限に踏み切って国を閉ざした。

コロナ対応に当たるなら、ドイツや台湾の状況は当然のように押さえておくべきだろう

(2)さまざまなブレークスルー、限界突破した課題解決事例を知る

「行き詰った状況を打破した課題解決の事例を、眼前の課題に当てはめる」という話ではない。前例とか過去の延長ではなく、さまざまな限界突破のソリューションの中から未来の解決策を引き出す、あるいは仮説を構築し、行動計画を具体化するのが有事に求められるリーダーだと私は考える。

逆に言えば、今の政治家が使いものにならない理由もそこにある。当選回数とか政治経験とか、根回しのうまさや声の大きさは関係ない。新型コロナウイルスによってステージが変わった今は、前述した二つの素養を持ち合わせた人材が指導力を発揮するチャンスなのだ。

明治維新というステージチェンジでは新しい人材が登場したし、戦後もそうだった。そういう意味では、スポットライトが地方のリーダーに当たるのは決して悪いことではないと思う。ただし、彼らを“英雄”としてもてはやすのは早すぎる。世界の状況にしても、感染症を克服した歴史にしても、医学的知識にしても、まだまだ勉強すべきことがたくさんあるからだ。

そもそも新型コロナウイルスを克服する根本的な解決策はまだ世界中を見まわしても見つかっていない。今後、第2波、第3波の到来が予測されているし、世界恐慌以来とも言われる経済的な落ち込みも本格化する恐れがある。地域の生命と財産を脅かす危機はまだまだ続く。特に経済の立て直しは、国による補助金だけだと「小さすぎるし、遅すぎる」懸念がある。

その経済再生局面で活躍したリーダーが、まさに今の日本の国政で必要とされる人材である。それを見極めるためにも、あまり急いで英雄視しすぎないことである。

※この記事は、『プレジデント』誌 2020年7月3日号 pp84‐85を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。