大前研一メソッド 2026年5月12日

「石油備蓄200日」で持ちこたえれば勝ち

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この論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<出口を予想して「時間軸」で意思決定する>

停戦・長期化・拡大のいずれに向かうのか、複数の出口シナリオをイベントドリブンで描く。
・米中間選挙 → トランプ政権の求心力低下
・米政権交代/権力移行 → 対イラン政策の転換(停戦の現実化)
・戦線膠着 → 年内持久戦シナリオ
そのうえで、日本経済が「何か月耐えられるか」を定量的に把握し、政策判断につなげる。

米国とイスラエルによるイラン攻撃が始まって、約2か月半(2026年5月12日時点)が経過しました。長期化が懸念されます。ドナルド・トランプ米大統領の乱心に世界中が巻き込まれています。エネルギーを中東に依存している日本にとっても他人ごとではありません、「いたずらに不安を煽るのもよくない。私の見立てでは、あと半年しのげば明るい展望が見えてくるはず」だとBBT大学院・大前研一学長は今後の見通しを立てます。

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

イラク戦争と同じ過ちが繰り返された

米国とイスラエルがイランの首都テヘランなどを攻撃して最高指導者のアリ・ハメネイ師を殺害したのは2026年2月28日だった。一報を聞いて思い出したのは、2003年、ジョージ・W・ブッシュ政権時代の「イラクの自由」作戦だ。

イラクは大量破壊兵器についての国連の査察を拒否していた。コリン・パウエル米国務長官はCIA(中央情報局)の情報にもとづいて、サダム・フセイン政権が化学・生物兵器を保有・製造していると国連で演説。米国はイラクを攻撃してフセイン大統領を拘束、のちに死刑にした。しかし、大量破壊兵器は見つからず、パウエル国務長官は自身が誤情報を信じたことを「人生最大の汚点」と表現して悔いた。

今回のイラン攻撃の背景にあったのは核兵器開発だ。イランは高濃縮ウランを大量に保有しているものの、「核兵器開発はしていない」として、IAEA(国際原子力機関)による査察を段階的に制限。米国はイランと協議を続けていたが、3回目の協議も合意に至らず、その2日後に攻撃を開始した。

トランプ大統領は攻撃前の一般教書演説で、「イランは米国に届くミサイルの製造に取り組んでいる」と主張した。しかし、米国の攻撃後に、IAEAのラファエル・グロッシ事務局長は「核兵器を製造している証拠はない」と述べている。イラクのときと同じく、今回も言いがかりなのだ。

開戦は誤った判断

そそのかしたのは、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相だ。2024年と2025年には挑発するかのようにイランを攻撃したが、イランの反撃は抑制的で、拡大はしなかった。イランを徹底的に潰したいネタニヤフ首相は、米国を巻き込むため、トランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏と、トランプ大統領の長年の友人であるスティーブ・ウィトコフ中東担当特使を焚きつけてトランプ大統領を動かそうとした。この二人はユダヤ系で親イスラエル。トランプ大統領はユダヤ系ではないが、ユダヤロビーにうまく乗せられて攻撃に踏み切ったわけだ。

トランプ大統領に深い考えはない。テレビ番組のプロデューサー出身らしく「視聴率の取れる」テーマを見つけ、それをプレイアップする。グリーンランドやキューバも「番組」に登場するかもしれないし、中国、北朝鮮も人心を引き付ける瞬間があるかもしれない。

しかし、トランプ大統領は地政学をよくわかっていないし、内政も外交も薄っぺらなドラマとしか見ていない。2025年1月にベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を拘束したときのように、イランもアリ・ハメネイ師をはじめとした指導者層を退場させれば「親米政権が登場するだろう」と軽く考えていたに違いない。

だが、イラクではフセイン政権崩壊後の選挙で、親米政権ではなくイラン寄りのシーア派組織が政権を握った。結果、スンニ派の盟主であるサウジアラビアが米国に不信感を抱き両国間に隙間風が吹くようになった。

イランの体制は多層構造で、いくらでも替えがきく。実際、アリ・ハメネイ師への爆撃は他の高官らが近くにいるタイミングで行われたが、政府や軍は機能し続け、反体制市民たちの蜂起も転覆にいたるものではなかった。

当てが外れたトランプ大統領は、「クシュナー氏が攻撃を主導した」とやり玉に挙げたかと思えば、「最初に軍事作戦の提案をしたのはピート・ヘグセス国防長官だ」と明かして開戦の責任転嫁を図っている。自分の発案でなかったとしても、身内のユダヤロビーにそそのかされて決断したのはトランプ大統領自身だ。

NATOをはじめ世界から孤立

トランプ大統領には誤算がもう一つあった。世界から総スカンを食らったことだ。イランは米国・イスラエルの攻撃を受けた後、ホルムズ海峡を封鎖した。トランプ大統領は海峡の航行再開に向けて、NATO(北大西洋条約機構)加盟国などに艦船の派遣を依頼した。しかし、ことごとく難色を示されてしまった。

ドイツやフランスは明確に拒否。米国と軍事行動を共にすることが多い英国は、キア・スターマー首相が2026年3月中旬には「自国と同盟国を守る必要な措置をとりつつも、より広範な戦争に関わることはない」と慎重な立場を表明、基地使用に関しても集団的自衛にとどめるとしていた。

反トランプの急先鋒はスペインである。スペインは米軍の基地使用を拒否。米国は全面的な禁輸措置をチラつかせて脅したが、より強硬になり、イラン攻撃に関与する米軍機に対して領空の通過を禁止した。それに追随してイタリアやフランスも米軍の基地使用を拒否している。とくに欧州首脳の中では親トランプと見られていたイタリアのジョルジャ・メローニ首相が、トランプ大統領と距離を取り始めていることは注目に値する。

一方のトランプ大統領は欧州首脳を懐柔するどころかNATO脱退をほのめかしている。米国と欧州の溝の深さは相当なものだ。

中東諸国も困惑している。イランは中東各地で反政府勢力を支援しており、イスラム世界でも鼻つまみ者だ。とくにペルシャ湾岸のサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールなどは親米色が強く、イランとは中立の立場だった。

イランは軍事衝突後、これらの国々の米軍基地やエネルギー施設に攻撃を加えている。エネルギー施設を破壊されると損失は長期にわたる。とくに安い燃料を利用してアルミニウムや石油化学製品などの産業を強化してきた湾岸諸国からの輸入に頼ってきた国はかなり深刻な打撃を受けている。

イランに表立って味方する国は少ないが、かといって世界経済を混乱に陥れた米国に味方をする国もいない。トランプ大統領も「America alone」状態で孤立しているのだ。

日本の現実的な選択肢

世界の国々がトランプ大統領に愛想を尽かす中で、追従する姿勢を見せているのが、我が国の高市早苗首相である。高市首相は2026年3月にトランプ大統領と日米首脳会談を行った。そこで「世界中に平和をもたらせるのはドナルドだけ」と発言。トランプ大統領という厄災がいなくなれば世界が平和になるのだから発言内容は正しいのだが、高市首相は皮肉ではなく本心で言っていて、トランプ大統領も賛辞として受け取っていた。

トランプ政権はホルムズ海峡の開放に向けて日本の艦船派遣に期待していた。幸い英語が達者な茂木敏充外相が同席していたので、日本は法律上、戦闘地域には軍隊も掃海艇も派遣できないことを説明し、その場では強い圧力を受けずに済んだ。

停戦できずにホルムズ海峡が封鎖されたままなら、日本経済はジリジリとダメージを受ける。トランプ大統領の機嫌を取っている場合ではない。日本の石油備蓄は約205日分あるといわれる(2026年5月8日時点)。

【資料】石油備蓄の状況(推計値の速報)

今輸入が止まっても秋まで持つ計算だが、備蓄タンクを残量ゼロにするわけにもいかず、どこかの段階で節電、節油に舵を切ることになる。1日数時間の計画停電や、ドイツ並みのガソリン1リットル400円超えもありうる。

イランのアッバス・アラグチ外相は日本の輸送船のホルムズ通過を支援する用意があると話している。海峡を封鎖するイラン革命防衛隊と政府がどこまで連携しているのかわからないところはあるが、アラグチ外相は駐日イラン大使を務めた経験のある親日家であり、本来はこのパイプを活かして石油やLNGの確保に動くべき局面だ。

もっとも、今回のエネルギー危機が国家の存亡を左右する事態に発展するかといえば、私は楽観視している。2026年11月の米国中間選挙で共和党が大敗すると見ているからだ。

トランプ大統領は大敗しても、けっして負けを認めないタイプだ。ただ、一方で飽きやすい一面があり、すべて投げ出して辞職する可能性もある。その場合はJ.D.ヴァンス副大統領が大統領に就任する。ヴァンス副大統領はトランプ大統領以上に危険な人物だが、イラン政策に関しては慎重派で、大統領になれば停戦の可能性が高い。

イスラエルが引っかき回して戦闘状態が続いたとしても、ヴァンス政権は日本がイランと直接交渉しても睨んだりはしないだろう。ペルシャ湾から日本まで船で約20日。遅くても年内には日本にペルシャ湾からの石油が届く。日本はそこまで耐え忍べばいい。

日本の個人金融資産は2300兆円超。資産課税などで召し上げて補助金に回せば、経済活動を止めることなく富の移転もできる。もちろんそこまでいかないことが望ましいが、奥の手があると思えば冷静でいられるだろう。トランプ大統領は遅かれ早かれ退場する。日本はアフター・トランプの世界を想定し危機を乗り切るべきだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2026年5月15日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。