業界ウォッチ 2026年8月4日

【データから読み解く】ステーブルコインの市場規模

今回は「ステーブルコインの市場規模」を取り上げます。

2025年に米国でステーブルコイン規制法「GENIUS法」が成立するなど、各国で制度整備が進み、法定通貨と価値が連動するように設計されたデジタル通貨「ステーブルコイン」が、世界の金融における主要テーマに浮上しています。

日本でも2026年2月、野村証券、大和証券と3メガバンクが、トークン化した株式や国債などのデジタル証券をステーブルコインで決済する実証実験を開始すると発表しました。米Visaはカード決済の清算へのステーブルコイン活用を進めています。ソニー銀行も、ステーブルコインとエンタテインメント領域の連携を検討するとともに、音楽資産に関係するデジタル証券を展開しています。

では、世界、そして日本国内において、ステーブルコインはどれほどの規模に成長すると予測されているのでしょうか。また、「トークン化」の波は金融市場をどのように変えるのでしょうか。実際に数字を見ながら確認していきます。
ステーブルコインの市場規模

まず世界市場を見てみます。Citi Instituteの推計では、ステーブルコインの発行残高は2020年の280億ドルから、2021年には1,670億ドルへ急増しました。その後は、2022年1,380億ドル、2023年1,300億ドルまで縮小しましたが、2024年には2,040億ドル、2025年には2,820億ドルとなり、再び過去最高を更新しています。

ベースケースの2030年予測は1兆8,680億ドルです。2025年比で6.6倍、年平均成長率は約46.0%となります。一方、Citiは、市場の普及が暗号資産エコシステム、デジタルネイティブ企業、海外におけるドル保有需要などに強く左右されると分析しています。一方向の成長が保証された市場ではないことにも注意が必要です。

日本市場では、さらに急速な拡大が予測されています。矢野経済研究所の残高ベース推計では、2025年度の30億円から、2026年度0.6兆円、2027年度1.9兆円、2028年度5.9兆円、2029年度11.2兆円、2030年度14.7兆円へと伸びる見通しです。2025年度比では4,900倍という大きさですが、これは発行初期の極端に小さい残高を起点とする「ベース効果」の影響を強く受けています。同研究所は、トークン化預金を含む広義の市場については、2030年度に30兆円規模へ拡大すると予測しています。

成長の理由は、送金の速さだけではありません。ステーブルコインには、24時間365日の資金移転、国境をまたぐ決済の低コスト化、スマートコントラクトによる条件付きの自動実行といった特徴があります。ただし、既存の国内決済がすでに低コストかつ即時化されている市場では、ステーブルコインが一律にコスト優位になるとは限りません。本質的な強みは、「5万円を上限とし、商品が入荷した時点で購入する」といったルールをお金に組み込める「プログラマビリティ」にあります。

ここで、トークン化預金との違いも重要です。トークン化預金は、銀行預金をブロックチェーン上のデジタルトークンとして表現したものであり、銀行口座と銀行法の枠組みを前提とします。一方、日本のステーブルコインは、資金決済法上の「電子決済手段」に位置づけられています。発行形態やサービスの設計にもよりますが、銀行口座の内部に閉じず、ウォレット間で移転できることが特徴です。

BNYの予測では、2025年から2030年にかけて、ステーブルコインは0.3兆ドルから1.5兆ドル、トークン化預金は0.2兆ドルから1.3兆ドル、デジタルMMFは100億ドルから0.8兆ドルへ拡大します。これらを合わせた市場規模は、約0.5兆ドルから約3.6兆ドルに達する見通しです。ただし、この3.6兆ドルは「トークン化資産全体」の市場規模ではありません。BNYが「デジタル現金・現金同等物」と位置づける、ステーブルコイン、トークン化預金、デジタルMMFの合計です。

トークン化資産とは、株式、債券、投資信託、不動産、音楽版権などの資産や権利を、ブロックチェーン上のトークンとして表現する仕組みです。デジタル証券の売買には、証券を移転する仕組みだけでなく、代金を支払う「資金決済手段」が必要です。

ステーブルコインやトークン化預金を利用すれば、証券の移転と代金の決済を同時に行う「DvP決済」を実現しやすくなります。ステーブルコインは、デジタル証券やトークン化資産を実際に売買するための決済基盤としても活用できるのです。

ソニーの動きは、この用途拡張を端的に示しています。ソニー銀行は、北米で事業を展開するソニーグループ各社を金融面から支援するため、米ドル建てステーブルコインの事業化を検討しています。

国内では、ソニー銀行口座からJPYCを即時に購入できる仕組みや、音楽・ゲームなどのIPと連携したデジタルコンテンツの購入、特典付与などを構想しています。さらに、調達した資金を、米ソニー・ミュージックグループなどが参画する音楽カタログ資産への投資に活用するデジタル証券も扱っています。金融、エンタテインメント、IPをグループ内で結ぶ戦略と読み取れます。

もう一つの注目点が、AIエージェントとの組み合わせです。Googleが発表した「Agent Payments Protocol(AP2)」は、カードやリアルタイム銀行送金と並んで、ステーブルコインにも対応しています。あらかじめ予算上限、購入する品目、時期などの条件を設定しておけば、AIエージェントが条件の成立を確認し、発注から決済までを自動的に実行できます。こうした「エージェンティックコマース」が広がれば、ステーブルコインはAIによる自律的な購買・決済を支えるインフラになり得ます。ただし、AIへの権限付与、本人意思の確認、責任分界、不正利用時の対応などを設計することが普及の前提となります。

こうしてみると、ステーブルコインの本質は、「安く速い送金手段」にとどまりません。資金の動きを自動化する「プログラマブル・マネー」であり、デジタル証券やトークン化資産、さらにはAIエージェントによる自律的な商取引を支える決済レイヤーであると捉え直すことができます。また、ステーブルコインとトークン化預金の関係は、勝者総取りの競争ではありません。ウォレット間の移転性や外部サービスとの接続性を重視する用途と、銀行の信用や既存口座との親和性を重視する用途とで、併存していく可能性が高いと考えられます。

企業は、自社のIP・債権・不動産などにトークン化の余地があるか、決済手段としてステーブルコインとトークン化預金のどちらを選ぶか、本人確認・マネロン対策・データ管理を誰が担うかを、一体的に設計する必要があります。

企業にとっての問いは、「ステーブルコインを使うかどうか」ではありません。自社のバリューチェーンのどこに決済や資産のトークン化を組み込むか、そしてソニーのようにグループ全体の事業戦略として位置づけられるか、という段階へ移りつつあることが読み取れます。

資料:
Citi Institute “Citi GPS: Stablecoins 2030 – Web3 to Wall Street”
矢野経済研究所「国内ステーブルコイン市場に関する調査」プレスリリース
BNY “The Digital Revolution: Transforming Financial Market Infrastructure”
AI×ステーブルコインで広がる560兆円市場 不動産も音楽もトークン化
野村證券「ブロックチェーン×デジタルマネーによる伝統的資産の取引と権利移転に係る実証実験」
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