大前研一メソッド 2026年6月9日

米アップル社の次期CEOに課された宿題

apple ceo missionこの論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<“構想”と“実装”を分けて考え、次の市場を先取りする>

イノベーションは「構想」と「実務」の分業で成立する。アップルの例は以下の通りである。
・ジョブズ=構想(Whatを定義する力)
・クック=実務(Howを回す力)
企業成長はこの両輪で決まる。優れた経営とは「どちらか」ではなく「両方の設計」。CEOに必要なのは“欠けている側面”を補う力である。

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米アップル社の経営トップが15年ぶりに交代します。2026年9月に退任するティム・クックCEOは、在任期間中に時価総額約11倍にした功労者です。後任のジョン・ターナス次期CEOは巨大テック企業をさらに成長させることができるのでしょうか。その経営手腕に注目が集まります。次期CEOに課された宿題をBBT大学院・大前研一学長に聞きました。

なぜアップルは“次のiPhone”を生み出せないのか

クック氏の功績を振り返るには、まず創業者スティーブ・ジョブズについて触れなくてはいけない。ジョブズは天性のデザイナーだった。才能を発揮したのは、プロダクト設計に限らない。デザインとは、私の言葉で言えば「構想」である。ジョブズはUI(ユーザーインターフェース)や事業にいたるまで構想力を発揮し、マッキントッシュ、iPod、iPhone、iPadといった画期的なプロダクトを生み出していった。

なかでもインパクトが大きかったのはiPhoneだ。実を言うと、私は当初、iPhoneを評価していなかった。日本にはすでにiモードがあり、モバイルでテキストや画像のコミュニケーションができたからだ。

iモードをつくったのは、マッキンゼーからNTTに送り込んだジェフ・バーコウィッツ氏、南場智子(現DeNA会長)、横浜信一(現NTTグループCISO)らのチーム。ジェフ氏はパソコンのトレーナーとして雇った男だが、彼の「パケット通信の残った余力でテキストや画像を送れる」という提案からiモードの開発が始まった。

それから遅れること数年、ジョブズはモバイル端末をインターネットにつないでパソコンのように使うという新しいコンセプトで、iPhoneを生み出した。卓越した構想力である。

それでも私がiPhoneを評価しなかったのは、iモード開発チームへの身びいきからではない。気になったのはバッテリー問題だ。バッテリーは使ううちに寿命を迎えて交換の必要が生じるが、ジョブズはデザインにこだわるあまり、ユーザーや第三者がiPhoneを開けてバッテリー交換することを許さなかった。当時、バッテリーを交換したいユーザーは、自分のスマホをアップルストアに数日は預けなくてはいけなかった。それにユーザーが耐えられるとは思えず、iPhone普及に疑問を抱いたのだった。

結局、ジョブズはこの問題を解決しないままこの世を去った。その後を引き継いだのがクック氏である。ジョブズが構想の人なら、クック氏は実務の人だ。バッテリーの問題は、バッテリーの寿命を延ばすこと、寿命が切れる前に新モデルを発表して買い替えを促すこと、バッテリーが切れた場合も即日で交換ができるよう店舗のオペレーションに手を入れたことでクリアになった。

ジョブズは構想の天才だったが、経営の実務では時に見落としがあった。クック氏はそれを拾い上げて改善し、進化させる力があった。だからこそ投資家はアップルを評価し、時価総額でトップ争いをするまでになったのだ。

一方、クック氏に足りなかったのが構想力である。投資家はクック氏の経営力を評価しつつも、アップルらしい革新的プロダクトが生まれていないことに不満を抱いていた。実際、アップルカーは開発中止になり、2024年に登場したビジョンプロも累計販売台数は約60万台にとどまり、開発凍結が噂される。唯一のヒットはアップルウォッチだが、iPhone級のインパクトは残していない。

クック氏が残した宿題にこれから取り組むのがターナス次期CEOだ。ターナス氏はハードウェア畑の人物であり、「次のiPhone」を期待する声は多い。ただ、アップルに限らず、iPhone級のデバイスを生み出すのは難しいのではないか。

AI開発・実装の競争は既定路線

今研究が進んでいるものの一つに、脳波で動かすデバイスがある。イーロン・マスク氏が設立したニューラリンクは、脳に小型デバイスを埋め込んでコンピュータを操作する研究をしているという。しかし、頭の中で考えていることが筒抜けになると、人間社会は崩壊する。デバイスは、現状のスマホ、ウエアラブル系、スマートグラス系で出尽くした感がある。それぞれに進化して使いやすくなるだろうが、従来の延長線上の進化であり、そこにiPhone級の期待をかけるのは現実的ではない。

ビッグテックが考えなくてはいけないのは、ハードよりもむしろソフトウェアのほうだ。現状で起きているのは、デバイスとAIをどう組み合わせるかの競争である。この点でアップルは後れを取っている。グーグルはジェミニが優秀で、スマホへの実装も進んでいる。マイクロソフトはオープンAIに出資してOfficeにAIを組み込んでいる。iPhoneにもSiriが搭載されているものの、賢さではジェミニやChatGPTに敵わない。ただ、AI開発・実装の競争は、すでに始まっている既定路線の競争である。負けることは許されないが、勝ったとしても想定内だ。ジョブズが生きていたら、おそらくすでに次の世界を構想しているに違いない。

AI実装後の世界で起きる二つの潮流

私がアップルのコンサルティングをするとしたら、AI実装後の二つの潮流について話す。

(1)AI失業
一つはAI失業だ。20世紀は弁護士や医者など、専門的知識を頭の中に詰め込んだプロフェッショナルが高い収入を得られる時代だった。しかしインターネットの登場で、誰でもネットに質問すれば数秒後に正解にたどり着ける時代になった。それでも知識を使いこなすスキルで稼ぎに差がついていたが、今やその差も生成AIによってなくなろうとしている。アンソロピックのクロード・ミュトスなどによりプログラマーはプログラミング言語を知っている優位性だけではなく、それを使いこなしてプログラミングするというスキルの優位性まで失いつつある。

生き残るにはAIに代替されない構想力が必要だが、構想力を磨いて価値をつくれる人材はそう多くないのが実情である。知識で食べられなくなった人の活路は、頭だけでなく手足や体を動かす職業にある。たとえば医療系でいうと、ほぼ知識だけで済む薬剤師の多くは不要になるが、手術で指先の器用さが求められる外科系の医師や、患者一人一人に合わせてきめ細かくケアをしていく看護師の仕事はなくならない。

デバイスに話を戻すと、将来の金の卵は技術系の職業訓練にある。すでに医療の分野では、VRデバイスを使って外科手術を仮想空間に再現して訓練するシステムが開発されている。従来、手術の様子はその場にいる数人しか覗き込めなかったが、VR/ARなら同時に大量の人が遠隔で学べる。このシステムを開発するベンチャーに中国の経営者を連れて行ったことがあるが、「これなら1万人の医学生を一気に育てられる」と興奮気味に語っていた。

ほかにも、日本の運輸業界ではドライバー不足が深刻で、特定技能で外国人運転手を活用する動きが出てきた。日本の交通ルールを習得するのは大変だが、ARデバイスを活用すれば早期に戦力化できる。ほかにも土木建設、料理、伝統工芸など、職人のスキルが求められる領域は多い。ドイツにはこれらの領域の職人を育てるマイスター制度があるが、これから世界で必要になるのはVR/ARデバイスを活用した「サイバーマイスター」制度である。

経済政策研究所(EPI)によれば、米国では大学新卒と第二新卒の失業率が7.1%となり、労働統計局データでは全体の失業率が4.3%を上回るようになった。学位を取っても食えない時代になったことを悟った若い世代はもはや大学を目指さない。サイバーマイスターによる職業訓練は、既存の教育産業に見切りをつけた若い世代の受け皿にもなって巨大産業化するだろう。

ビッグテックの次の商機もサイバーマイスター領域にある。VR/ARデバイスの開発はもちろん重要だが、肝になるのはセグメント別・国別・言語別の職業訓練ソフトウェアだ。GAFAMはAI時代などを理由に2025年第1四半期だけで約3万〜5万人をレイオフしたとされる。プログラマーが少数で済む時代になることは確かだが、今は多様な職業訓練システムを開発して市場をつくることが急務で、手順を間違えている。

(2)Z世代の孤立感
もう一つの潮流は、Z世代(1990年代後半から2010年代前半に生まれた、デジタルネイティブ世代)の孤立感である。Z世代は同世代と友人関係をつくる場をコロナ禍で奪われた。この世代はネット上で人とコミュニケーションすることは苦にならないが、ネット上の関係は一時的なものになりがちで、現実の濃密な関係ほど心の支えにならない。米国のある調査ではZ世代の5%が孤独感を覚えており、他の世代より高いことがわかっている。

この孤独をリアルの関係で解消したいというニーズは強い。これから求められるのは、ネットからリアルの関係を構築できるシステムだろう。すでに男女のマッチングアプリはあるが、現時点ではお手軽さを促しただけ。1対1の出会いではなく、趣味や地域を軸に仲間が集い、安定的なコミュニティを形成できるプラットフォームの登場が待たれる。スマホネイティブの世代とずっと伴走してきたアップルなら、具体的なサービスをきっと何か思いつくはずだ。

ターナス次期CEOは、この二つの潮流を踏まえて新たな構想を描けるのか。期待しながらお手並みを拝見したい。

※この記事は、『プレジデント』誌 2026年6月12日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。