BBTインサイト 2019年10月30日

人生を豊かにする教養 ~中国の古典を読む~<第2回>日本でなじみのない『資治通鑑』の本当の価値とは?



講師:麻生川 静男(リベラルアーツ研究家)

中国では、歴史書がよく読まれています。中でも『資治通鑑(しじつがん)』は、488冊の中国書が出版されているほど、なじみが深い存在です。資治通鑑は、戦国時代から五代末までの約1400年の歴史が書かれています。また、政治史以外にも、経済、軍事、地理、学術など多岐にわたる内容が書かれています。

多岐にわたる内容が細かく書かれているので、資治通鑑を読むと、当時をバーチャル体験して中国に対する理解を深めたり、東洋的リーダーシップとはどういう事かを理解することができます。また、エンターテイメントとしても非常に面白い読み物です。
日本でよく知られていない資治通鑑とは、どのような書なのでしょうか? 

中国の歴史書と資治通鑑の位置づけや編纂過程、その内容を通して、資治通鑑の価値や、私達が資治通鑑を味わう観点を見ていきましょう。

1.中国の歴史書と『資治通鑑』の位置づけ

日本では資治通鑑をよく知らない人が多く、なじみが薄いかもしれません。
しかし、中国では非常によく読まれていて、なじみが深い存在です。資治通鑑は、中国の歴史書です。中国にはたくさんの歴史書があり、昔から非常に熱心に歴史書を書いています。まずは、中国における歴史書について見ていきましょう。

まず、一番初めは、『春秋左氏伝』という春秋時代の歴史書です。
この歴史書は編年体という、年代を追って書く体裁が取られています。いわゆる官報、政府が発表するヘッドラインのようなものを集めたのが春秋伝です。その春秋伝だけでは意味が分からないので、その春秋伝にコメントの文章を貼りつけたのが春秋左氏伝です。もともとヘッドラインしかないそっけない文章が、コメントを貼りつけることにより、非常に面白い読み物になっています。

次は、司馬遷の『史記』です。
史記は、これまでのように年月順に書く編年体ではなく、紀伝体で書かれています。紀伝体というのは、一人の王様や皇帝を主体にする書き方です。史記は、紀伝体に表(年表)や書(経済白書)を合わせるという斬新な表現形式を取っています。

史記は、いわゆる神話の時代から武帝の時代までを通して書いています。一方、その後の『漢書』では、前漢だけを切り取って書いています。この漢書がベースになって、漢書以降、それぞれの王朝が前の王朝の事を書く事が中国の伝統になりました。

そして、日本でも知られている『新唐書』があります。
唐書として書かれていたこれまでの文章を、もう一度新しく書き直したのが新唐書です。

このように、史記から明の時代の明史までを総称して二十四史と呼ばれています。この二十四史の中に中国四千年の歴史が載っています。そして、二十四史をベースにして作られたのが資治通鑑です。

史記以降で採用されていた紀伝体ですが、資治通鑑では紀伝体ではなく編年体が採用されています。資治通鑑は、色々な王朝を書くので、王朝が主体になる紀伝体だと分かりにくいため、編年体で書かれています。

資治通鑑には、実際に中国人がどう生活したかという事が、善悪問わず網羅的に書かれています。この善悪問わずというところがポイントです。日本人は歴史というと、得てして良い事だけを書いていると思いますが、実はそうではありません。悪い事もきちんと書くのが中国の大きな伝統のひとつです。

また、資治通鑑の評判が非常に良かったので、それ以降の宋の時代から明にかけての続資治通鑑が作られています。

このように見てくると、資治通鑑の位置づけや、資治通鑑がその前までの歴史書をベースにしているという事が良く理解できると思います。

2.幅広い内容が書かれている『資治通鑑』の価値とは?

資治通鑑は、宋の時代に司馬光が編纂しました。もともと、司馬光が皇帝に対して歴史の流れを説明するために資料を作って出したことがきっかけとなり、もっと大きな物を作るようにとの皇帝からの命令を受けて、資治通鑑の編纂が始まりました。結局、司馬光は、1065年から1084まで足かけ約20年に渡って資治通鑑の編纂に関わることになりました。

その内容は、紀元前403年から959年まで、おおよそ1400年間ぐらいの歴史が書かれています。全巻で294巻、1万ページ、そして登場する人物は約5万人です。普通、歴史書は、政治史中心に書かれていますが、資治通鑑は、政治、経済、軍事、地理、学術と非常に幅広く書かれています。

また、編纂に使われた色々な資料が、資治通鑑にきっちりと書かれています。その中には現存していない資料もありますが、資治通鑑に書かれているので歴史的価値は失われていません。

また、資治通鑑は、胡三省が30年かけて注を付けています。30年かけて注を付けただけでも凄いのですが、一度完成させた注を戦争で失ってしまったため、新たにゼロの状態から書き直しています。

司馬光が20年かけて編纂し、胡三省が30年かけて注を付けたのが資治通鑑です。

また、朱子が資治通鑑をまとめて「世の中の人々はこういうふうに物事を見ないといけない」という資治通鑑綱目を作っています。これが大義名分論の大きな拠り所となっています。

このように、学者からすると資治通鑑は良くまとまっていて、非常にありがたい書です。
しかし、なぜ私達がそれを読まないといけないのかは、学者とは違う視点から考えてみる必要があります。

料理を例にとると、料理の専門家が作る栄養が行き届いた料理を私達が食べる場合、ただ、栄養を取るためだけに食べるのではありません。おいしい食べ物や見た目が良い食べ物を「自分達が味わう」ために食べます。
それと同様、私達が歴史書を読む場合も、料理同様「自分達が味わう」ために読んでください。私が今回お伝えするのは、「味わう観点がどこであるか」という事です。今回の内容を参考にして、みなさんなりに資治通鑑を味わっていただきたいと思います。

3.宋王朝(北宋、南宋)の支援で完成、普及した『資治通鑑』

宋の時代以前は、論語をはじめ儒教の本である経書はよく読まれていましたが、史書としては、史記や漢書、後漢書程度しか読まれていませんでした。宋の時代に印刷術が発達し、安価に本を印刷できるようになりました。また、科挙が一般化し、科挙に通るための参考書として、たくさんの種類の本が作られるようになりました。このような背景があり、宋の時代には、経書だけでなく、史書についても一般人でも買えるようになりました。

資治通鑑は、1084年に完成して、1092年に世に出ています。このような短い期間に出版できたのは、宋王朝(北宋、南宋)の財政的な支援があったからです。また、国家事業として資治通鑑が作られ、普及したと言えます。

4.『資治通鑑』には何が書いてあるのか?

資治通鑑は、善悪問わず網羅的に書かれているので、「中国に関するケースの缶詰」と言えます。
資治通鑑を読まずして中国は語れません。

また、東洋的なリーダーシップを理解するための実例が非常に豊富です。実際にディテールを読み込んで、自分があたかもその世界に行ったようなバーチャル体験をしてほしいです。そして、自分の言葉や感覚で中国を知って語ってほしいです。

中国の歴史の中で、四人の皇帝が仏教を弾圧した「三武一宗の法難」があります。それを聞くと、仏教徒がいじめられ、寺院が壊されたと想像すると思います。この部分が資治通鑑に書かれています。実際に以下の文を読んでみてください。

「敕して、天下の寺院、敕額に非ざるものは悉く廃す…私に僧尼を度するを禁ず」
(敕天下寺院、非敕額者悉廃之…禁私度僧尼)

「僧俗の身を捨て手足を断ち、煉指、掛灯、帯鉗の類、流俗を幻惑する者を禁ず」
(禁僧俗捨身、断手足、煉指、掛灯、帯鉗之類幻惑流俗者)

文中に煉指(れんし)というのがありますが、これは指に燃える物を巻き付けて火を付けるという事です。すなわち、当時の仏教徒は、自分がそういう苦痛を受ける事によって魂が清められるという間違った観念を持っていました。四人の皇帝の中の一人、後周の世宗は、「それが本当の仏教徒のやるべき事か?仏教というのは世の中を救うためではないか」と言って、間違った観念を持つ仏教徒を全部辞めさせました。

ただ「中国の皇帝が仏教を弾圧しました」という一事を覚えるのではなく、どういう世界が当時あって、仏教徒は何をしていたか、何がいけなかったのか、という所を資治通鑑から読み取ってほしいと思っています。

また、もうひとつの例として、多色(赤字、黒字)の会計簿があります。実際に以下の文を読んでみてください。

「蘇綽が簿記の書き方を多色にした。支出は赤字で、収入は黒字で記入した。それ以外にも戸籍の制度も多く整備し、後世まで使われた」
(蘇綽始制文案程式朱出、墨入、及計帳、戸籍之法、後人多遵用之)

南北朝時代、蘇綽は、政治や経済の改革を行い、後生にまで使われるシステムを残しました。このことも資治通鑑に書かれていますので、ディテールを読んでバーチャル体験することで、そのような当時の状況がよく理解できます。

他にも戦争の具体例や、当時の人々の生活を実際にバーチャル体験できる文章が、資治通鑑にはたくさんあります。

また、漢文は、短い字数で非常にくっきりと状況を表すことに長けています。みなさんには、資治通鑑のそういった文章そのものも味わってほしいと思っています。

5.数少ない日本語の『資治通鑑』を味わう方法

過去、私が調べた限りでは、資治通鑑の中国書は全部で488冊出版されていました。資治通鑑の日本語訳は、片手で数えられるぐらいしか出ていないので、日本のだいたい100倍ぐらいの中国書が出版されているという事になります。

ただ、日本語訳の資治通鑑は、部分訳が多く、2019年6月時点の全訳は、『続国訳漢文大成』という大正から昭和の初めにかけて作られたものしかありません。漢文の書き下し文で難しいですが、国立国会図書館のデジタルコレクションからPDFでダウンロードして読むことができます。他は、徳田隆氏の『全訳・資治通鑑』が2015年7月から刊行されています。つい最近始まったばかりなので、2019年6月時点の見通しとして、完結まで10年ぐらいかかる見通しです。

これまで見てきたように資治通鑑の内容は膨大なので、コンパクトに内容を知りたいという人もいるかと思います。
そのような方のために、私がいくつか本を書いています。私が考える中国の良い面と悪い面両方を書いているのが、『本当に残酷な中国史 大著「資治通鑑」を読み解く』『世にも恐ろしい中国人の戦略思考』という2冊の本です。また、資治通鑑の中に書かれているリーダーのあり方、良い所と悪い所を両方とも自分の中に取り入れて、リーダーとしての人格・品格を磨く本が『資治通鑑に学ぶリーダー論: 人と組織を動かすための35の逸話』という本になります。

これまで、資治通鑑を味わうための観点をお伝えしてきました。観点を参考に、資治通鑑の世界をバーチャル体験して自分の感覚や言葉に落とし込み、皆さんなりに資治通鑑を味わってみてください。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2019年6月27日に配信された『人生を豊かにする教養 ~中国の古典を読む~ 02』を編集したものです。



講師:麻生川 静男(あそがわ しずお)
京都大学工学部卒業、同大学大学院工学研究科修了、徳島大学工学研究科後期博士課程修了。住友重機械工業在職中、アメリカ・カーネギーメロン大学に留学し、同大学工学研究科を修了。その後、カーネギーメロン大学日本校プログラムディレクター、京都大学産官学連携本部のIMS寄付研究部門准教授を経て、「リベラルアーツ教育によるグローバルリーダー育成フォーラム」を設立し、運営する。現在は、リベラルアーツ研究家として講演などで活躍中。

  • <著書>
  • 『資治通鑑に学ぶリーダー論: 人と組織を動かすための35の逸話』(河出書房新社)
  • 『本物の知性を磨く 社会人のリベラルアーツ』(祥伝社)
  • 『本当に残酷な中国史大著「資治通鑑」を読み解く』(KADOKAWA/角川マガジンズ)
  • 『世にも恐ろしい中国人の戦略思考』(小学館)