大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
ベトナムの首都ハノイで開催された米国のドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の2回目の首脳会談は、当初予定された共同合意文書への署名が見送られました。
交渉の実務経験が豊富な大前研一学長に、両氏の会談をどのように見ているのか聞きました。
トランプ大統領は「北朝鮮は寧辺の核施設廃棄の見返りに経済制裁の全面解除を求めてきた」と明かしたうえで、寧辺のほかにも北朝鮮が公表していない平壌近郊カンソンの核関連施設の査察や廃棄を求めたところ、金委員長が難色を示したため「立ち去ることを決めた」と語っている。一方、北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は「われわれが求めるのは全面的な制裁解除ではなく一部解除」と主張している。
今回はっきりしたのは、金委員長が事前に実務交渉した部下の言うことを聞かないということ。両国のスタッフ同士でいろいろな条件を交換していたと思うが、それを無視して「トランプ大統領との関係が良好な自分が出ていけば、制裁解除は勝ち取れるはず」と甘く考えていた。つまり、細かい交渉ができる緻密な思考回路を持った人間ではないことが露呈したわけだ。
同じように、こうした能力に欠けているトランプ大統領も、部下がいろいろ細かく交渉しても、そのリポートさえ読まない。結局、そういう人間がお互いに判断を誤り、ハノイから帰るときのカッコいいシーンだけを想定していたのだ。
選挙資金法違反の罪などで実刑判決を受けた元顧問弁護士のマイケル・コーエン被告が元ポルノ女優らに不倫の口止め料を払ったことなどを下院で7時間にもわたって証言し、トランプ大統領はかなり追い込まれていた。何か成果を出したいということで、トランプ大統領はウソの成果を演出するか、北朝鮮への先制攻撃計画「鼻血作戦」のようなかなり強引なことに突き進んでいくか、だ。
一方、金委員長は動けない。北朝鮮は国連に食糧支援を要請するほど追い詰められている。北朝鮮が核実験をして米国が「鼻血作戦」を決行することも恐れている。
いずれにしても、文章ひとつ理解できない2人のヘボ役者では、問題は解決できない。こんな会談のために60時間以上かけて陸路はるばる行く輩もどうかと思う。
今回、両国の間に立って関係を改善させ、南北経済協力を本格化させ、あわよくば平和条約の締結への道筋をつけようとしていた韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領も、「お呼びじゃない」ということでアテが外れた。韓国国内での求心力も低下するだろう。
一方、トランプ大統領と電話会談した安倍晋三首相は、米朝会談で拉致問題が提起されたことを評価した。ただ、トランプ大統領にとっては、核弾頭や米国まで届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の廃棄、朝鮮戦争の米兵の遺骨返還が重要で、拉致問題はそれより優先順位が下位にある。トランプ大統領は「言った」と語っているが、それなら「金委員長の反応はどうだったのか?」ということまで聞いてほしかった。
重要項目の2行目にすら今回の会談で達することができなかったヘボ役者が、優先順位の低い項目を話し合ったとは、私にはとても思えない。
米国のジョン・ボルトン大統領補佐官はCBSの報道番組で、「大統領が米国の国益を守り、高めたという意味で成功」と語っていたが、何も成果が得られなかったという意味では、この会談はやるべきではなかったのではないか。
トランプ氏と金正恩氏の3回目の米朝首脳会談はおそらくもうないだろう。あるとしても、何回交渉したところでこの二人の会談では成果を期待できない。
大前研一
プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。